第8章 夏の終わり

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 僕をチラッと横目で見て、しかしヨウヘイは 「いただいていいんですか」  と遠慮してみせた。 「ええ――受け取って貰えると嬉しいわ」 「ありがとうございます!」  ヨウヘイは満面の笑顔で神社の袋を受け取った。  そうか……吉田はこの笑顔にホレたのか。  突然、吉田の涙顔が甦り、何故か動揺した。 「2人とも、受験頑張ってね」 「あ、ありがとうございます」 「はいっ! ありがとうございます」  僕の声は隣のバカスピーカーにほとんど掻き消された。 「栞の花、庭のコスモスですよね?」  袋の中身を確認したヨウヘイは、ふと真顔でベランダの方を見た。 「ええ」 「夏美さん、庭見てもいいですか?」  恐らく、深い意味はなかったのだろうが、ヨウヘイの質問に、思わず息を飲んだ。  夏美さんは、表情を変えずに立ち上がると、先にベランダに案内した。 「いいわよ。どうぞ」  リビングとベランダを仕切る薄いレースのカーテンを引く。  そこに――クマはいなかった。  ヨウヘイがソファを立ったので、僕も釣られてベランダに進んだ。  夏美さん、ヨウヘイ、僕、3人が横一列に並んで庭に対峙する。 「満開になったら、迫力ありそうですね」 「……迫力?」  ヨウヘイの妙な感想に、夏美さんは聞き返す。 「だって――花って1つ1つが生命でしょう? 無数の生命が(ひし)めくんだろうな」 「――――」  夏美さんの横顔が、一瞬強張ったように見えた。 「オレ……甲子園での優勝が夢だったんです」  ドキンとした。  あの夏――昨年の8月を思い出す。  県大会で優勝し、僕らの高校は10年振りの甲子園出場に沸いた。  ヨウヘイはスタメンで、7番ライトでグラウンドに立った。  吉田も記録員として、ベンチで戦況を見守っていた。  学校を上げて駆けつけた大応援団が、声を枯らした。  1回戦、7回ウラ。0対0の白熱した投手戦。  我が校が守りに付く直前、俄か雨が試合を中断した。  スタンドも慌てたが、水を差されたピッチャーが、一番動揺していた。  5分間の中断と、グラウンド整備の間、肩に張りが出ていたと、後から聞いた。エースは、違和感を抱えたまま、再開したマウンドに立った。  2アウト、ランナー2塁。  フルカウントで投じた7球目、145kmのストレートは金属バットの鋭い音と共に、ライトを強襲した。
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