第8章 夏の終わり

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 僕は――何故か、予感していた。  神社のお守りを渡された時、何だか夏美さんを遠く感じていた。何かを心に決めたような潔さすら、彼女には漂っていた。 「陽平君も、マモル君も、大切な時期でしょう? 私なんかに関わっては、だめ」  そして、夏美さんは泣きそうな瞳で、とびきりの笑顔を僕らに向ける。 「あなた達は素敵な子だから、ちゃんと前に進みなさいね」  命令口調で大人振り、彼女は僕らを無理に突き放そうとしているようだ。 「――分かりました」  意外にも、ヨウヘイはきっぱりと答えた。僕を背にして、彼は夏美さんに向き直る。 「オレ、ちゃんと受験勉強して、大学生になります。そしたら、コスモスが咲いて無くても、ここに来ます!」  『好き』という恋心を告げなくとも、告白したも同然だ。  夏美さんはちょっと眩しそうにヨウヘイを見上げた後、 「ありがとう。気持ちだけで充分だわ」  俯いて、首を横に振った。 「いえ、これだけは譲れないです。オレ、絶対に来ます!」  いつの間にか頼もしくなった広い背中。表情は見えずとも、ヨウヘイの真剣さが滲み出ている。 「陽平君……」 「夏美さん、お守りと栞、ありがとうございました。大切にします」  長身をペコリと折り曲げ、一礼した。  それから、くるりと僕を振り返った。 「帰ろう、マモル」 「ああ……」  勢いで頷いたが、リビングに戻り掛けたヨウヘイを置いて、僕は立ち止まる。 「夏美さん、1つだけ約束してもらえませんか」 「――え」 「僕らに黙って、どこかに引っ越したり……消えないって、約束してください」  この約束は、ヨウヘイのため――という思いもあるが、何より僕の中の嫌な予感を打ち壊したかったからかもしれない。 「消えないわ」  一度目を伏せた後、夏美さんは真っ直ぐに僕を見つめた。  戸惑いの消えた、強い意志が見て取れた。笑顔はなかった。  僕は、その瞳を信じたい――そう思った。
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