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「――何?」
「マモル、あんたと陽平君、お隣にお見舞いに行ったでしょ」
「うん」
浮かない表情のまま、母さんは、僕の茶碗にご飯を盛って寄越した。
「家の中に、子どもの写真とか……オモチャとか、何か見なかった?」
「……何で?」
「昼間、婦人会の人達から聞いた夏美さんの噂なんだけど、気になる話があるのよ」
晩酌中の親父の茶碗はそのままに、母さんは自分の赤い茶碗にご飯を盛る。
「お前まで、どうしたんだ」
肴を焼き茄子に変えた親父が、怪訝な眼差しを向けた。
「最近、駅前の商店街で警察が聞き込みをしているらしいの」
警察とは、穏やかでない。
「……聞き込み?」
親父がモゴモゴ茄子に食い付きながら聞き返す。
「3、4歳くらいの女の子を連れた30歳くらいの女性が、半年以内に越して来なかったか――って」
「家出人か何かの『尋ね人』か?」
「尋ね人、って?」
熱々の茄子を飲み込んで、急いで口を挟む。話が流れて行ってしまいそうだった。
「家出とか失踪とかの行方不明者のことだ。『この人を見掛けませんでしたか』って、よく駅とか交番とかにポスターが貼ってあるだろ」
「ああ……」
「そういうのとは違うのよ。……少し前に、隣町で男性の変死事件があったでしょ?」
親父の説明を否定して、母さんの話は突飛な展開に進む。
「変死? ……そんなことあったか?」
「さぁ……?」
親父と顔を見合わす。
噂には疎くても、事件ならニュースで聞いているはずだが、思い当たらない。
「もう! これだから、うちの男って」
間の抜けた父子にうんざりしたように、母さんは首を振った。
「暑くなる少し前じゃなかったかしら? とにかく、亡くなった男性には奥さんと女の子がいたらしいんだけど、2人とも見つからないんですって」
「……まさか、早川さんが、その奥さんだっていうのか? 子どもなんて見たことないだろ」
慌てて茄子を飲み込んで、親父は目を白黒させる。焼き茄子は意外と芯が熱いのだ。
「そうなんだけど、そこが――無責任な噂話で、子どもも死んでるんじゃないかとか……庭に埋めたんじゃないかとか」
だから母さんは、僕に写真やオモチャを見なかったか、と聞いたのか?
途端、怒りがこみ上げてきた。母さんにも、オバ友会での無責任な噂話にも。
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