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「もういいよ!」
「マモル……?」
隣の親父が驚いている。
そうだろう。僕は両親に声を荒げることはほとんどない。反抗期の中3の時でさえ、比較的穏やかに過ぎたと自負しているのだ。
「まさか、母さんまで、そんなバカな噂、信じてるんじゃないだろ?! 僕とヨウヘイは2回家に上がったけど、子どもの写真もオモチャも何もなかったよ!」
「……そうよね、悪かったわ」
母さんに悪気がないのは分かっている。けれど、火のついた怒りはなかなか収まりそうにない。
「ごちそうさま。何か食欲無くなった」
心にもない言葉を吐きたくなかったので、自制心が働く内に箸を置いた。
「おい、マモル」
「……勉強する」
憮然とした気持ちをもてあまし、ダイニングを後にした。
口実にしたものの勉強が手に付くはずもなく、カーテンを細く開けて隣家を眺めた。
月明かりのない闇の中、街灯に照されてコスモスが揺れている。夏美さん家には、灯りは見えず、在宅かどうかもわからない。
しばらく窓辺で過ごしたが、所在なくカーテンを引いた。
-*-*-*-
翌朝。昨夜のことが気まずく、いつもより早く家を出た。
夏美さん家の庭は、コスモスに覆われているが――今朝はその向こうのベランダに、茶色い影が見える。巨大なクマのぬいぐるみを『子ども』がいたことの痕跡だというのなら、オモチャはあったと言えるだろう。
だけど――。
あの無責任な噂のように、もし夏美さんが自分の子どもを殺したり、庭に埋めたのなら、子どもに繋がるぬいぐるみなんて、目に付くベランダに置くだろうか?
釈然としない気分のまま登校した。
「――あ! 嘉山っ!」
僕が教室に入るなり、吉田が血相を変えて飛んできた。
「……な、何だよ?!」
「ちょっと、こっち来て!」
机にカバンを置くこともできずに、吉田にグイグイ腕を捕まれて、引っ張られる。
既に教室にいた数人が、面白いモノを見るようなニヤケ顔で僕らを見ていた。
「おい……吉田?」
屋上に繋がる階段の陰まで僕を連れて来た吉田は、早口に囁いた。
「嘉山……! 昨日、うちに警察が来たわ」
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