第10章 母と息子

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 ヨウヘイの憤りは、尤もだった。  僕が、この町――この地域を離れたいと願う理由も、根本は一緒だ。ちょっとしたつまらない出来事が、大袈裟な尾ひれを纏って、あっという間に駆け抜ける。  運動会での順位や学校の成績、父親が出世したとかリストラされそうとか、母親がパートに出たとか、お婆ちゃんがボケてきたとか――。  プライベートに色を付けられ晒される、こんな地元はうんざりだ。  特に、女のコミュニティは、結束が強いように見えるが、その実態は妬みや批判だらけで陰湿な泥沼みたいだ。しかもこの町のような片田舎では、厄介な因習やしがらみも加わり、『郷に従わない者』は生きにくいこと甚だしい。 「オレ……母ちゃんには、夏美さんを仲間に入れて欲しかった」 「ヨウヘイ……」 「マモルのおばさんってさ、夏祭りの時も頑張ってただろ? 竹田の爺さんを説得してさ」  そうだ。だから、僕は母さんを誇らしく思っていたんだ。  婦人会のオバチャン達が、火の粉を浴びぬよう、遠巻きに見ぬ振りをしていた中で、母さんは果敢に仲介を試みた。上手くはいかなかったけれど、あれは『正しい大人』の振る舞いに見えたんだ。 「ヨウヘイ、僕らさ……母親に『理想の大人像』を押し付け過ぎなのかもしれないな」  昨夜の母さんへの態度を思い出し、僕自身、反省の気持ちがこみ上げてきた。 「理想の大人像……」 「僕らが小さい時、親が言うだろ。『みんなで仲良くしなさい』って。だけど嫌なヤツとかいるからさ、親とか大人がいる前だけ上手く仲間に入れた振りしてさ」  地域でも町内でもクラスでも――沢山の人間が属する集団で、『みんな仲良く』するなんて幻想だ。 「結局、表面的な関わりだけで、深くは付き合わないんだよ。それを『友達になれ』って押し付けられたら、ウザいよな」  僕らは幼い内から集団生活に組み込まれ、『仲良く』することが期待される。  だけど、身につけていくのは親和性のスキルではなく、軋轢が表面化しないよう、狡猾に隠蔽するスキルばかりだ。 「多分――僕らが母親に期待したのも、同じことなんだと思う」  そもそも、僕らは間違っているのかもしれない。  夏美さん自身は、『仲良く』受け入れてもらうことを望んでいたのだろうか?
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