第10章 母と息子

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「オレ、どんな顔して帰ったらいいか、分かんなくてさ……気がついたらここに来てたんだ」 「バカだな、お前。だったら、家に来いよな」 「――――」  顔を上げたヨウヘイに、右手を差し出した。  ちょっと戸惑ってから、僕の手を握ったので、グイと引き上げる。 「……重いよ」  ぼやくとヨウヘイは苦笑いして、立ち上がった。  途端、彼の腹の虫が豪快な音を立てた。そりゃそうだ。ほぼ1日、絶食状態に違いない。 「あ。……これ、やるよ」  ふと、カバンに入れてきたコーラの存在を思い出した。腹には溜まらないかもしれないが、無いよりはマシだろう。 「悪いな、サンキュ」 「いいって。元々、お前ん家のものだから」 「え――」  受け取ったペットボトルをじっと見つめる。  それからキャップを捻ると――ジュワーッとハデな音を立てて、コーラが噴き出した。 「わっ?!」 「あ! 走ったから……ごめん!」  噴いた中身はヨウヘイの手を濡らし、1/3近く減ってしまった。  呆気に取られた僕らだったが、どちらからとなくクックッと笑いが込み上げてきた。 「ちえっ――ひでぇなぁ」  ひとしきり笑い合った後、彼は残りを一気に飲み干した。 「オレ、やっぱガキだ。お前の方が、大人だな」 「そんなことないよ」  ヨウヘイや吉田を見ていて、つくづく思う。  僕はまだ、本当に守りたい人がいないんだ。  ヨウヘイが、大切な母ちゃんを悲しませたように。  吉田が、形振り構わず情報を得ようとしたように。  守りたい誰かのためならば、他の全ての人が傷付いても構わない――そういう感情に振り回された経験がないから、僕は怒りを自制できたのだろう。 「……大人なんかじゃ、ないよ」  繰り返した僕を、ヨウヘイはチラリと見たが、触れずに大きく伸びをした。 「この季節ってさ、夜中は結構冷えるんだぜ。布団が恋しいよ」  おどけたように両手で自分の腕を抱える仕草をしてみせる。  コイツなりの気遣いに、苦笑いで答えながら、 「ちゃんとおばさんに謝れよ」  背中をポンと叩いて、その場から歩き出す。 「おう……。ありがとうな、マモル」  『サンキュ』と言わない友人の言葉がこそばゆい。  隣を歩くヨウヘイは、多分僕よりも数歩『大人』の領域に踏み出しているのだろう。
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