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 当時、当たり障りのない学校生活を送っていた僕にとって、良くも悪くも有名人である瑞紀は、出来ることなら関わり合いになりたくない存在だった。  それでも、彼女を目で追うことが、いつの間にか僕の習慣になっていた。  周りに瑞紀のような人が居なかった僕にとって、確かに彼女の存在は斬新で興味深かったけれど、それ以上に、彼女に対するある種の憧れがあったのだと思う。  教室の中でいつも一人、背筋をピンと伸ばして席に座っている瑞紀を、強い人なんだと思った。  盗み見る横顔は、何かとてつもなく大きな相手に挑むように強ばっていて、決して俯くことはなかった。  だから思ってもみなかった。  そんな彼女が、涙を流すなんて。  その日は、押し付けられて参加した委員会が、おもいのほか長引いて、解散した時には日が暮れかけていた。  帰り支度を済ませて学校を出る頃には、辺りはすっかり、夜気に呑まれていた。  しんと冷えた空気が、仄かな冬の気配を孕んで、鼻腔(びこう)を通り抜ける。  もう秋も終わりか、と訳もなくしんみりとした気持ちで家路を急いでいた僕は、近道である小さな公園を抜けようと、角を曲がったところで、ブランコに座る小さな人影に気が付いた。  こんな時間に一人でブランコに座っていることを、怪訝(けげん)に思いながらも、早く家に帰りたかった僕は、歩調を早めて通り過ぎようとした。しかし、近づくにつれてハッキリと見えるようになっていく、そのシルエットには、見覚えがあった。  瑞紀だった。  気が付けば僕は足を止めていた。  吐き出された息によって薄く白んだ視界の向こうで、彼女は声を殺して、さめざめと泣いているのだった。  見馴れたはずの彼女が、まったく別の誰かのように見えて、思わず息を呑む。  止めた足を再び動かすことが出来ないまま、彼女を見つめ、暫く呆然と立ち尽くしていると、こちらに気付いた様子で、彼女は顔をあげた。  目があった瞬間、僕は咄嗟に声をかけていた。   「なんか、あったの?」    僕の言葉を受けて、瑞紀の顔に一瞬、戸惑いの色が浮かぶ。  「…大丈夫です」  それだけ言うと彼女は、涙を拭って足早に去っていった。  卒業まで話すことはないだろうと思っていた瑞紀との、これが最初の会話だった。
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