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あの日、まさか自分から彼女に話しかけるだなんて、思ってもみなかった。
そんなことが出来るだけの勇気が、自分にあることを、僕はあのとき初めて知った。
そして今まで、ただ強い人なのだと思い込んで眺めていた瑞紀が、僕の中で途端に血の通った存在として、奥行きを持ちはじめるのを感じていた。
もっと、彼女のことを知りたいと思った。
どうしてあの日、一人で泣いていたのか? どうして男みたいな格好をしているのか? どうしていつでも、そんなに堂々と振る舞えるのか?
無意識のうちに蓋をしてきた純粋な疑問符が、あの日以降、堰を切ったように脳内を埋めていった。
そんなことを考える毎日が、暫く続いたある日の帰り道。あの日と同じ公園のブランコに腰掛ける瑞紀を見付けた。
あの日と違って泣いてはいなかったけれど、難しい顔をして、彼女は俯いていた。
「…こんばんは、狭山さん」
意を決して話しかけた自分の声が、白々しい響きを含んでいやしないかとはらはらして、ポケットの中で握った両の拳に、力がこもる。
「…こんばんは、えっと…同じクラスの人、ですよね? なにか御用ですか?」
突然話しかけてきたよく知らないクラスメイトに対し、いやに丁寧な言葉遣いで応じる彼女の表情が、目に見えて困惑の色を濃くする。
様子から察するに、あの日この公園で声をかけたのが僕であることには、気が付いていないようだった。
「突然なんだけど、狭山さんと友達になりたいんだ」
懐疑的な含みを持って細められた彼女の目を、逸らさずにじっと見つめ返す。
ほんの少しだけ、足がすくんだ。
高校2年の、冬休みを目前に控えたこの日。僕の平坦な人生のなかで、好きな子に告白したときの次くらいの緊張感を味わいながら、僕と瑞紀は連絡先を交換した。
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