きっと

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きっと

 仕事帰りに待ち合わせたのは、会社から二駅離れた所にある創作料理のお店だ。暦の上では立春を過ぎた頃だけど、正直今が一番寒い。たったの五分待っているだけなのに、軽装備になりがちな足元はすっかり冷え切ってしまったし、分厚いコートの向こうから冷たい空気が体の芯まで凍みる。  可愛がられるタイプの彼は、仕事の帰り際によく上司に絡まれるらしい。いつもならそのまま飲みに連れて行かれるところを、用事のある日は何とか説得して断わっているのだと前に話していた。人懐こく眉を下げて抗弁する彼の姿が思い浮かんだ。いかにもそんな感じだ。 コートのポケットの中でスマホが震えた。かじかむ指でメッセージ画面を開くと、最寄り駅に着いたらしい。  わかりました、っと。  猫の絵文字を付けて送ってみる。彼が猫好きだと知ったのは、たまたま居合わせたエレベーターでのことだ。スマホの待ち受けが猫の写真だったのをつい見てしまった。見覚えがあると思ったらSNSで話題になっている猫の写真で、彼は会社の独身寮がペット禁止であることを嘆いていた。  駅の方向をじっと見つめていると、それらしき人影がせかせかと近づいて来た。ふと右手で前髪を整える。     
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