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「私めに手加減などと。安く見られたものですわねえぇ!」
彼女が武芸百般という事実を失念していた。
剣はアッサリと弾かれ、薄暗い壁に突き立ってしまう。
万事休す。
こうなっては手加減など無用である。
「領主様のぉぉ剣ぃーーッ!」
「許せ、アイーシャ!」
互いに拳を繰り出して馳せ違う。
私の頬と胸に鋭い切り傷が刻まれ、少なくない血が流れた。
だが、成功だ。
こちらが繰り出した拳打は見事に急所を捉え、相手の意識を消し飛ばす事に成功した。
再び起き上がる気配は感じられない。
それから眠りこけるアイーシャを拘束し、裂けた肉の治療を施し、次の朝を待った。
翌朝。
夜を明かす間中、ひとしきりに悩んだのだが、彼女に暇を出すことにした。
すなわち罷免である。
アイーシャは泣きじゃくるばかりで、一言も発すること無く屋敷から立ち去った。
これには下人たちも騒然となった。
何せ、腕に荒縄の跡を残した若い女が、免職の理由を涙で覆い隠したのである。
私がどのように言い繕ったとて、体面への傷は避けられない。
頬と胸の生々しい傷も、私を上手く弁護は出来なかった。
むしろ寝室で何があったのかと、噂話に花を添えただけであった。
この事件は、濁流のような広がりを見せ、国内のみならず外にも知られる事となった。
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