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「もう…いないんです」
いない。その意味に気が付くのに少し時間がかかった。
「ごめんなさい」
私はとっさに謝った。
「あなたが謝る事ではないですから」
空が明るくなった。まだ降っている雨の粒を、帰ってきた日差しが照らしキラキラ輝いている。
「元々は飼っていた猫のおもちゃとして作り始めたんです。それが年々上達して販売するようになりました。その猫も、子猫の時に拾った猫で…懐かしかったんです」
ずっと陰っていた彼の表情が、少し和らいだ。
「子猫、やっぱり飼えませんか?」
また、少しの沈黙があった。
「怖いんです」
彼は、一つ一つ言葉を探すように続けた。
「ある日突然、家族がなくなったんです。だから…また失うのが怖くて、一人でいたいんです」
雨が上がり、彼は軽く頭を下げて去っていった。
一つ、思い出したことがある。ちょうど一年前に大きな火事があった。何棟もの民家が巻き込まれ、死傷者が何人も出た。遺族は形見すら手元に残らなかったらしい。
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