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2.帰宅
ドアの開く音がした。大切な家族が、帰ってきた音だ。
「あの人、今年もあそこにいたの?」
帰宅した少女に、母親は声をかける。少女はその言葉に頷いてみせた。
「お母さんは、来なくて良かったの?」
母親は左右に首を振る。
「私には、なんとなく何かがいる、くらいのことしか分からないから」
話すことも姿を見ることもできない。それどころか、そこにいるのが本当にあの人なのかどうかすら分からないのだ。それでは結局つらさが増すだけだと、とうの昔に理解していた。
「そっか」
少女は母親の前を通りすぎ、そのまま自室に向かおうとする。しかし結局、途中でその足を止めた。
「お父さんね」
「うん」
「褒めてくれたよ。頑張ったなって。えらいぞって」
泣き顔を見られたくないのか顔を伏せたままの娘にそっと近づくと、小さく震えるその体を、母親はそっと抱きしめた。そして、小さく呟く。
「良かったね」
堪えきれなくなったのか、堰を切ったように声をあげて泣き出した娘の頭を撫でながら、母親は思う。
あの場所に縛られ続けていることは、多分、あの人にとっては良くないことなのだろう。本当はきっと、あそこから解放されて、本来行くべきところへ行った方が良いのだ。
けれど、それでも。
もうしばらくで良いから、この子には父親と会える機会があって欲しい。
そう考えるのは、いけないことだろうか。
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