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満月を背負い処刑台に立つ女は、一生の内に何人の男を味わってきたのだろう。一週間近くは絶食させられていたはずだけれど、髪も肌も艶めいていて、衰えた様子は微塵も感じられない。
静かに俺を見下ろす、鮮やかな紅の瞳。ほんの僅かな風だけがさざめく、深い闇によく映える。
月明かりと石灯篭の炎を頼りに、俺は階段を一つ一つ上がっていく。
上がり終えた刹那、冷気を纏った風が、場違いに香りを運んできた。縄で後ろの大木に繋がれた女が放つ、花のような甘い香りを。
「口を開けて下さい」
俺は彼女を真っ直ぐに見下ろして、義務的に命じる。此処へ来て素直に従う者は滅多にいないけれど、女は躊躇いなく口を開けた。
俺は懐から短刀を取り出し、自らの指の先を切った。
ぷっくりと浮き上がるように裂け目から湧き出し、銀の刃の上でも光る、禍々しい緋色。
暗い鮮血に魅入ったのか、鉄臭い匂いに眩んだのか。女の喉が、震え、鳴った。己の置かれた状況は解っているだろうに、本能が刺激されたらしい。
俺が手を差し出すと、紅の瞳は其処へ釘付けになった。そのまま食らってくれれば楽なものの、女はじっと見つめるだけで、口を近づけてこようとしない。
「……まだ何か、心残りがあるんですか?」
「ねぇ……貴方は、心の底から誰かを愛したことがある?」
双つの紅が、俺を見上げる。
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