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「他の誰にも見てほしくなくて、触れてほしくなくて……その人の全てを、自分だけのものにしたくて堪らない…………そんな風に焦がれて止まない愛を、誰かに対して抱いたことがある?」
「……いいえ」
「ふふ、そうでしょうね。だから、貴方の瞳はそんなに空虚なのね」
率直な俺の答えに対して、女は口を笑わせた。
灯篭の炎が影と共に揺れ、耳の横では冷気が唸る。
「私はね、構わなかったのよ。あの人が私を選ばなくても、あの人の心が手に入らなくても……最後にあの人の血を、あの人の命を、私のものにできたから」
「そんな理由で殺したんですか。愛した男を」
「"そんな理由"……? ふふ、可哀想な子。夢のようなこの幸福が理解できないなんて」
女は、自身の着物の中に手を滑らせる。肌蹴るのも構わずに、恍惚とした表情で、己の肌を撫であげる。愛おしむように、慈しむように。
「今ね、あの人の血が私の全身を駆け巡ってるの。解る? あの人を残さず貪り尽くすことで、私達は一つになれたのよ」
「……"あの人"は、とても哀れな男ですね。恋人でも妻でもない女性の腹に、一方的に収められてしまう最期なんて」
「……もういいわ。可哀想な子。貴方には、きっと一生解らない」
遠くを見つめる紅から、完全に光が消える。
俺の指から流れていく、赤い命の筋。そこに女の唇が被さる。その光景は十秒と持たず、女の身体はずるずると倒れ込んでいった。
俺はその場に跪いて、確認する。女が死んでいることを。
今夜の"仕事"は終わった。
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