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事を終え、"仕事場"の戸を閉める。
暈がかかる満月は、変わることなく真っ黒な空に穴を開けていた。
静かだ。風は完全に止み、遠くに咲いた花の色は届かず、虫の鳴き声も聞こえない。
けれど、敏感な鼻が捕らえた。嗅ぎ慣れた新鮮な血の匂いを。
嗚呼、今なのか。
察した俺は、出所を探るのを止めた。大方、何処かの木々の向こうだろう。
夜の下、月暈を見つめながら、刻が過ぎていくのを待つ。普通の人間の子どもなら怯える夜も、俺には脅威じゃない。太陽に置き去りにされたこの孤独な静寂にはもう慣れてしまった。
気が滅入らないよう空を仰ぐ。
僅かばかり月影が和らぐと、くっきりと香っていた匂いもふっと薄れた。そう感じてからすぐ、一人分の足音が近づいてくる。
「蒼麻」
鬱蒼と並ぶ木と木の間から出てきた人影が、軽やかな声を飛ばしてきた。
闇に溶け込みそうな美しい笑顔を浮かべて歩み寄ってくるのは幼馴染みの深紅だ。俺が"仕事"をこなす夜、友は決まって、"仕事場"の外で俺を待っている。
深紅の両腕には、もう一人の幼馴染みが抱えられていた。うっすら寝息を立てながら、闇に紛れない長い髪で、自身が異国の血を引いていることを主張している。
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