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「辞めればいい。そんな仕事」
冷えた空気を突き破る、凛と響く呟き。
深紅の腕の中。閉ざされていた鮮やかな碧眼が、波の無い水面のように俺を映してる。
「呉羽……起きてたのか」
「今起きた」
密着していた深紅の身体から離れ、呉羽は己の足で立った。
さらさらと、闇を泳ぐ。太陽と月の光を混ぜ合わせて練り込んだかのような、白金色の髪が。
「また怪我をしたんだな……」
呉羽の傷一つ無い両の手が、包帯で隠した俺の手を包む。
直接触れてはいない。それなのに、微かに己のものとは違う、むず痒い温度を感じる。
「辞めてしまえばいい。蒼麻。君は太陽の下を堂々と歩くことができるのだから、勿体ない」
神々しいまでの微笑みが、俺を見上げる。
「君は、私や深紅とは違う。何の矜持も持たない仕事になど縛られていないで、もっと自由に生きればいい」
もう幾度目だろうか。青白い月の真下で、橙赤の灯籠の傍で、形の無い矢が放たれる。
月が闇を裂く。高潔な心が、俺を、貫く。
「ところで深紅」
綺麗な手は、次の瞬間には簡単に俺を手放していた。
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