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呉羽は憮然とした面持ちで、深紅と真正面から向き合う。
「さっきはよくもあれだけ貪ってくれたな。意識を失くしたのは初めてだった」
「ああ、ごめんね? ちゃんと加減はしたんだ。でも、人間は一日に三食もありつけるんだろ? 俺は一日一食限りなんだから、たまには贅沢させてよ」
「ふざけるな」
この地では他に見かけない、空とも海とも異なる碧が、紅の双眸を睨む。
「忘れて貰っては困るな。深紅。私が死ねば、君だって生きていけなくなるんだ」
「何? その笑えない冗談」
深紅の声が、余計な力を排除して引き締まる。
濡羽色の髪が揺れる。柔らかに色づく呉羽の髪とは対照的な、どこまでも深い、黒。
「ただの一瞬でも忘れるかよ。呉羽がいないと生きていけないよ。俺は」
二つの声で繰り返される呪い。一直線に交わる、紅と碧の視線。
その美しさに、俺の心は震える。
深紅と呉羽。二人の関係が始まったのも、俺が希少種の男に襲われたあの夜からだった。
あの夜、男の後ろには、小さな子どもがいた。男に瓜二つな、俺と同い年くらいの痩せこけた少年が。
少年は、亡骸になった男に向かって、掠れた声で「お父さん」と叫び続けた。虚ろな瞳で泣き続けた。それが深紅だった。
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