月紅心中ーげっこうしんじゅうー

8/16
前へ
/16ページ
次へ
 呉羽は憮然とした面持ちで、深紅と真正面から向き合う。 「さっきはよくもあれだけ貪ってくれたな。意識を失くしたのは初めてだった」 「ああ、ごめんね? ちゃんと加減はしたんだ。でも、人間は一日に三食もありつけるんだろ? 俺は一日一食限りなんだから、たまには贅沢させてよ」 「ふざけるな」  この地では他に見かけない、空とも海とも異なる(あお)が、紅の双眸(そうぼう)を睨む。 「忘れて貰っては困るな。深紅。私が死ねば、君だって生きていけなくなるんだ」 「何? その笑えない冗談」  深紅の声が、余計な力を排除して引き締まる。  濡羽(ぬれば)色の髪が揺れる。柔らかに色づく呉羽の髪とは対照的な、どこまでも深い、黒。 「ただの一瞬でも忘れるかよ。呉羽がいないと生きていけないよ。俺は」  二つの声で繰り返される呪い。一直線に交わる、紅と碧の視線。  その美しさに、俺の心は震える。  深紅と呉羽。二人の関係が始まったのも、俺が希少種の男に襲われたあの夜からだった。  あの夜、男の後ろには、小さな子どもがいた。男に瓜二つな、俺と同い年くらいの痩せこけた少年が。  少年は、亡骸になった男に向かって、掠れた声で「お父さん」と叫び続けた。虚ろな瞳で泣き続けた。それが深紅だった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加