守り刀と対魔師と呪われた桜の木

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 沈香の香りが漂う。義明がまたポケットから出した、匂い袋の中からだ。沈香には鎮静の効果があるから、義明は好んで対魔の際に使用している。とはいえ、その効果はあくまで人間限定のはずなんだけど……。  匂い袋のひもを解き、香を一つまみすると、義明はそれをサクラの木へと放った。  続いて柏手。大きく、鋭い音が空気の淀みを払う。 「癒しの光よ、地の穢れを清めたまえ」  義明が唱えると、ひゅうと初夏に似合わない冷たい風が吹いた。その瞬間、石にまとわりついていた『何か』が義明の元へ飛んできた。反射的に私は駆け出すと、彼に向かって手を伸ばす。 「義明!」  間一髪。私のブキとしての霊力に圧されたのか、『何か』はぴたりと動きを止めた。  ――……ッアア……! アイタイ……! アイタイッ……!  黒いそれを中心に、泣き叫ぶ声が耳をつんざく。 「……この黒いのってもしかして」 「ああ。たぶん、この写真こそが原因なんだろうな」  義明は邪気が薄れた写真を慎重に拾い上げると、改めて裏を返した。 『さくら。帰ってきたら花見をしよう』  角ばった几帳面そうな文字でたった一言書かれていた。 「あなた、さくらっていうのね」  私が問いかけると、泣き叫ぶ声がピタリと止まった。 「この写真の人……あなたの恋人――いえ、ご主人かしら。素敵な人ね」 「ええ。とてもやさしくて、素敵な人だったわ」  不意に誰かの声が聞こえた。同時にさあっと、黒いものが散っていく。一度私が目を閉じ、再び開いたとき。目の前にいたのは白い着物をまとう美しい女性だった。  女の霊の正体。それは、夫との約束を果たせなかった女性の未練なのだ。
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