59人が本棚に入れています
本棚に追加
「……そうでしたか」
すっと、義明の目が鋭くなった。私に一瞬目配せをすると、義明は木の幹に手のひらで触れた。
「なにするの?」
私が尋ねると、義明は無言で学ランを脱ぎ私にそれを放り投げた。
「わっ……」
慌てて受け止める。白いシャツ姿になった義明は腕まくりをすると、いきなり木の枝に足をかけた。
「ちょ、何してるの……」
「桜の季節は終わったからな。咲かせるしかないだろ」
いや、だから答えになってないってば。
義明は危なげなく木をするすると登っていくと、やがてひときわ太い枝の上に腰を落ち着けた。
「今日花! 俺の上着のポケットに瓶が入ってる。こっちに寄越せ!」
「わかった!」
指示され、私は学ランのポケットをごそごそと探る。指先にかつりとガラスの当たる感触がした。
取り出してみると、試験管のような筒状の瓶の中に真っ白な粉が入っていた。
……これ、中身はただの食塩。一キロ三百六十円を瓶に移し替えただけ。こんな道具で術をかけてしまうのだから、つくづくこの男の能力は得体が知れない。
「行くわよー」
私がえい、と瓶を放り投げると、義明は危なげなくそれをキャッチした。
「今日花、さくらさんを頼む。彼女の願いに語りかけてくれ」
その一言で私は義明がやろうとしていることがだいたい分かった。要は、さくらさんの未練――お花見の約束を果たそうっていうのね。
私はさくらさんに向き直ると、彼女の手をそっと握った。
「あの……?」
戸惑った様子の彼女に私は笑いかけた。大丈夫、なにも怖いことはないから。
「私に教えて。あなたの思い描いたお花見を」
最初のコメントを投稿しよう!