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「夢想写術はその人の描いたイメージを、幻として具象化する。今回は上手くいったか」
いつの間にか義明は木から降りてきていて、私の横に並んでいた。
「あら……木の下にいるのは……」
私は木の下に誰かがいるのに気が付いて声をあげた。すると、私の横に立って桜をぼうぜんと見上げていたさくらさんが急に駆け出した。
「慎さんっ……!」
名前を呼ばれたその人はさくらさんの姿を見ると、やさしい笑みを浮かべた。こっちにおいで、と手招きをして彼女を呼ぶ。私がさっき見たイメージそのままの光景。
「会いたかった、ずっと」
さくらさんは彼に駆け寄ると、触れようと手を伸ばす。しかし、その手は体をすり抜け空を掴んだ。
「幻……」
「ええ。これは、夢想写術があなたのイメージをもとに作り上げた光景。だから、桜の香りもしないし、あなたのご主人に触れることもできないわ……申し訳ないけど」
私は義明の代わりに彼女にそう言った。顔にこそ出さないけどあいつは今、この大掛かりな術を保つのに精いっぱいなはず。集中を切らしたくはない。
さくらさんはわかっています、としっかりとうなずいた。
「しょせん私も、あの人も過去を生きた身。つかの間でも、夢を見ることができるなんて……こんな幸せなことはありません」
彼女はそっと、木の下に腰をおろした。彼女の大切な人に寄り添うように。幻に触れることはできないけれど、彼女は幸せそうに笑っていた。ひらひらと舞い落ちる桜の花びらをただ寄り添って眺めるだけの時間。穏やかな時間を私と義明は少し離れたところから見守っていた。
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