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「今日花、どうだ?」
「とても綺麗な空気よ。さくらさんの『幸せ』がいっぱいに溢れているわ。……そろそろ、いいんじゃない?」
私がそう伝えると、義明はこくりとうなずいた。瞬間、満開だった桜の花は、ぱっと散る。元の新緑の色が目にまぶしかった。
夢想写術の効果が切れた。彼女の横にあった影もまた、花と同じように光に溶けて消えてしまった。
「大丈夫?」
私は術を終えた義明に尋ねると、彼は少し額に汗を浮かべたまま頷いた。すぐに義明は、光を見送る桜さんの元へと近づいていく。私も後を追った。
「さくらさん。……これをどうぞ」
義明が言葉と共に差し出したのは、桜の枝だった。枝の先には桜のつぼみがいくつか付いていて、今にも花開きそうな様子でふくらんでいた。
「これは俺が術で作った桜の枝です。……幻じゃなくて、本物ですよ」
義明はそう言うと、さくらさんに枝をしっかりと持たせた。
「これは俺からの贈り物です。向こうで、ご主人と一緒に眺めてください」
「術で作った桜だから、向こうにも持って行けるわ。ちょうど着く頃には花が咲きそうね」
私も桜の枝に手をそえ、祈りをささげる。きれいな花が咲くように、と。
「ありがとうございます……。私、とても幸せです……」
さくらさんは目の端に涙を浮かべながら、それでも綺麗に微笑んだ。
「もう、大丈夫みたいね」
彼女の晴れやかな表情を見て、私は義明の背中をぽんと押した。わかっている、と義明は言うとポケットから札を一枚出した。それをさくらさんの前に掲げ、そっと目を閉じる。
「大いなる天の力よ、その光で導きたまえ。――迷いなく、彼の元にたどり着くように」
温かい風が吹いた。風はさくらさんの体を包み込み、彼女の体は徐々に光へと溶けて、消えていった。
「……ふう」
風がやみ、後には風に葉をなびかせる桜の木と私たちが残った。
「お疲れさま。なかなかの対魔だったじゃない」
「……そりゃどうも」
小さく息を吐いた義明をねぎらうと、珍しく義明は素直にそれを受け取った。
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