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私と義明は迷うことなく廊下を進み、つき当たりの分岐点を右に曲がった。また少し進むと扉に『対魔局悪霊課』とか『対魔局祈祷課』という文字が目立つようになる。その中の一つが開き、中から人が出てきた。
「あ、来た来た。君たち、今日はこっちね」
姿を現したのは三十代前半の男だった。猫型の式神を腕に抱え、細い糸のような目でほほ笑んでいる。まるで隠居した老人のようなユルさだ。
「相変わらずゆるいわねぇ」
「あはは。それほどでも」
「褒めてないし」
この人こそ私たちの上司、賀茂忠光(かもただみつ)。学校にサンショウオを放ち、私たちをここに呼び出した張本人。かの有名な陰陽師の家系、賀茂家の末裔だという。
忠光は私たちを部屋に招き入れ、応接用のソファに座らせた。私と義明は大人しく腰を下ろす。忠光本人も私たちの向かいに座った。
「昨日の河口の妖はどうだったかな?」
「ただの喧嘩だったわよ。まったく、あの程度ならわざわざ学校から呼び出さなくてもよくない?」
「ごめんごめん。でもあまり騒がしくしていると、人間に不審がられちゃうからね。早めに対処しておきたかったんだ」
「まあ、それもそうだけど……」
人間は普段妖怪たちを見ることができなくても、気配には敏感だったりする。あまり騒ぎを起こしていると気味悪がられたり、専門の術者によって退治されてしまうこともある。私だってそれは避けたいところだ。
「なまらないように修行は毎日してるけどね……戦いの機会が少ないとどうしても勘が鈍るわ」
「いや。現代日本でそうそう必要ない勘だろ、それ」
「そんなことないわよ! 例えば体育祭の騎馬戦とか……どこから崩すか狙うのに使えるわよ」
「学生の騎馬戦でそんなもん必要ないわ!」
お茶を飲みながらそんなどうでもいい話をしていると、突然バンと勢いよく部屋のドアが開いた。
「入るぞ」
「もう入ってるわよ。晴仁(はるひと)」
そう言ってやると、入ってきた男の眉間にもの凄く深い皴が刻まれた。
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