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「有井!」
帰り際やけに騒がしい集団の中から俺を呼ぶ馬鹿でかい声が響いた気がした。イヤホンを耳に宛て音楽に興じている俺は、そんなもの全く聞こえなかったことにした。
「おいっ」
「うわ、」
そうして帰ろうとしていたら、突然肩を掴まれた。……想像通り、そこにはあの男。しかも顰めっ面。
背後にはそいつを待ってるのか派手な女や、男と似たような服や髪型の男達がざっと見ても十人は越えてそこにいた。ジロジロと不躾な視線が俺に集中している。
「何かな?」
イヤホンを片耳だけ外して、思い切り露呈しそうな不機嫌な表情を、意識して隠しながら返事をすれば、男はやけに嬉しそうに笑った。
「いや、何って事もねぇけどさ。たまたま有井が見えたから」
……そんな糞つまんない理由で呼び止められた俺の時間を返してほしい。
「そうなんだ? わざわざ声掛けてくれてありがとね。でも、後ろの友達が待ってるみたいだよ」
後ろで待機してる奴らを大袈裟に仰げば、女達が顔を赤くしてそれぞれに媚びるような表情を浮かべた。一緒にいる男も目を丸くして俺を見てる。
うーん。顔が良いのは得なようでかなり面倒だ。 俺は人の好き嫌いが激しいから余計そう思う。
「じゃあ、俺は友達と約束があるからこれで」
友達って言っても、カラダのだけど。
「ま、待った! 有井、ああっと、えっ、と……っ、くそ」
踵を返そうとしたその時、再び大声で俺を引き止めた男はそのでかい図体に似合わず、顔を赤くして僅かに汗を浮かべながら、もごもごと口ごもって何か言おうとしていた。
その様子に、何でかな、一瞬ときめいてしまった。
「……何?」
わざと下から覗き込むみたいにして男の表情を窺えば、赤い顔を更に紅潮させてしまった。うーん。これは、埒があかないかも。
「じゃあ、何もないなら帰るよ」
「っ、いや、ま、待った! 連絡先、交換してよ!」
「連絡先?」
緩く首を傾げて問えば、男はジーンズのポケットに突っ込まれていた携帯を慌てた様子で勢い良く取り出した。いいよ、とも言ってないのに、さっさと赤外線通信の操作なんか始めてる。
何か腹立つんだけど。
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