透明な糸

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透明な糸

 首都高速は渋滞していた。車の列が延々と連なり、一本の長い帯をつくっていた。前の車の赤いランプが消え、ゆっくりと進んで行く。それを確認すると、ぼくもブレーキからつまさきをあげアクセルに移し、同じようにゆっくりと進む。前の車の赤いランプが点き減速する。ぼくもブレーキを踏む。何度となくその繰り返しが続いていた。  頭上を鳥が群れをなして通り過ぎて行った。空から見下ろすとこの長い車の列は、体節を伸縮させてのろのろと動いているいっぴきの大きなみみずのようにしか見えないだろう。それぞれの体節に独立した意志が乗っていて、それぞれの意志に従って動いているとは到底思えないに違いない。実際に前の車が動いてしまえば、ぼくには自分の意志を発現することはできない。  もし、この大きなみみずの脳髄の指令に反した行動をとっても、つまり前の車が進んでも止ったままでいるということだが、たちまち後ろの細胞がクラクションを鳴らし、やはりぼくにはどうしようもなく、大きな流れに従ってアクセルを踏んでしまう。頭上の天使たちには、ほんの数秒だけ余計にある体節が伸びたままになっていたように見えるだけだろう。一方、なぜあんなに自由でいられるはずの鳥たちが、群れをなして一糸乱れず行動しているのだろうか。それも不思議なことだ。  助手席には生まれてふたつきほどの仔犬が入ったバスケットを乗せていた。この体節のもうひとつの意志というわけだが、彼もかわいそうにその意志をその狭い篭の中でしか発現できないでいる。もっとも今は大人しく小さな窓から空でも眺めているのがかれの希望らしく、それに充分満足しているようだ。ぼくはこの仔犬をある知人に届けるという目的のために、この巨大なみみずの一部にあまんじているのだった。  ついに自分の意志を脳髄に告げるときがきた。次のランプでぼくは首都高速を後にした。みみずのまんなかから一枚のかさぶたが剥がれ落ちた。速やかに後の体節がその空隙を埋め、みみずにはなんの支障もなかった。かさぶたはたちまち生き生きとした動きをとりもどし、目的地へと急いだ。
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