屍へ、はなむけを囁く

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涙でぐちゃぐちゃになった私の顔をきょとんとした表情で数秒見つめていた心さんは、やがてフっと破顔した。 「純恋が泣くからだろ」 そして、理解不能な事をさらりと言う。 「…私が?」 あからさまに眉を顰める私の頬に大きな手がぴとりと添えられる。そして、涙の痕を親指で撫ぜながら再び口を開いた。 「事故に遭ってから純恋の方の指輪は一度もつけてなかった。俺の事をすっかり忘れてるお前を混乱させたくなかったからな。けど、俺は外す理由もないしずっと身に着けてたんだよ」 小さく頷きながら心さんの言葉に耳を傾ける。 「そしたらいつだったかな…。ある日お前が“既婚者を好きになっちゃった。どうしよう”って」 「…え?」 「まぁまさか俺と結婚してんのが自分だなんて思うわけないから仕方ないのかもしれねえけど、“奥さんがいるくせに優しくしないで”って泣き出した時はさすがに焦ったよ」 「…っ嘘…」 「残念ながら嘘じゃねえんだな、これが」 その時の事を思い出しているのか心さんは堪え切れないとばかりに肩を揺らして笑っている。一方の私はというと、恥ずかしさで穴があったら入りたい気分だった。 「俺を忘れた後も、数え切れないくらい惚れられて困ってんだけど?」 「~~っ」 クスっと妖艶な笑みを見せた心さんに、まるで火が点いたように顔がボっと熱くなる。 「ナルシスト…」 「そりゃどーも」 ぼそりと零した私の悪態も意地の悪い笑みで返し、涙の痕が残る頬にチュっと唇を寄せる。ほんとうに、狡い人だ。
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