屍へ、はなむけを囁く

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心臓が直接握られているかのように苦しくなった。 その音を聞いた瞬間、私の中で欠けていた何かが合わさったような、埋められたような、重なったような、そんな音が聞こえた気がした。 …知ってる。 この大きな手の感触を。 この低音の心地よさを。 この瞳の色を。 この腕の温かさを。 私は、この人の名前を、知っている。 「……(しん)、さん…?」 唇が勝手にその名前を紡いでいた。 それを聞いたその人は息を飲む音を零し、目を大きく見開いた。心底驚いたようなその表情が見えた次の瞬間には腕を強く引かれ、そのまま逞しい腕の中に包み込まれていた。 ギュウ、っと。 痛いくらいに、苦しいくらいに、私を抱きしめるその腕は微かに震えていて。純恋、と私の名をもう一度呟きながら、私の耳元に頬を擦り寄せる。 「っ…」 身体の奥底から言いようのない感情が込み上げてくる。 「…心さん、私…どうなってるの…?」 その広い背中に震える手を回し、そのままギュっと服を掴んだ。 私を抱きしめている人が心さんだという事は思い出せた。けれどその他の記憶が曖昧すぎる。 それに、そもそも心さんを思い出せなかった事自体が、何よりも可笑しい。 「心さん、教えて…」 手と同じように震える声で懇願する私の身体をそっと離した心さんは、私を真剣な瞳で見下ろした。
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