屍へ、はなむけを囁く

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「事故に遭ったんだよ」 「…事故…?」 オウム返しのようにそう問う私に心さんは「あぁ」と落ち着いた音色を響かせる。 「その時に頭を強く打って、少しだけ記憶障害がある」 記憶…障害…。 「あの日…純恋ひとりに婚姻届けを出させに行ったこと、今でも後悔してる」 くしゃりと顔を歪めた心さんのその表情に胸が苦しくなる。 正常ではない私のそれの断片が少しずつ繋がっていく。 ぼんやりと浮かぶのは、アクセサリーを好まない心さんをほぼ強制的にジュエリーショップに連れて行き、結婚指輪を選んだ記憶。二人でわーわーと騒ぎながら婚姻届けを書いた記憶。 待ち切れなくて、その婚姻届けを翌日、ひとりで出しに行って、その後…。 その後、私は事故に遭った。 「ちなみに今も夫婦だからな?」 そう言いながら心さんは笑いかけてくるけれど、どうしよう、苦しくて堪らない。 だって、ねえ。 「…私が事故に遭ってから、どのくらい経ったの…?」 「……」 「…心さん、答えて」 力強い声でそう言いながら服を引っ張り答えを急かす。そんな私の髪を撫でる手を止めずに、心さんはゆっくりと開口した。 「…もう5年になる」 どうしよう。 苦しい。 「その間、私は何回心さんを思い出せたの…?」 「さあ?そんなのいちいち覚えてねえよ」 嘘吐き。 心さんは嘘を吐くのが下手だから、私はすぐに分かっちゃうんだよ。 「今日が初めて、なんでしょう?」 震える声でそう問いかけた私に、心さんは曖昧な笑みだけを返す。それは、肯定を意味しているのも同じ事だった。
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