屍へ、はなむけを囁く

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「心さんを思い出せたってことは、もう私の記憶は戻ったってこと?」 私の問いかけに心さんはまた曖昧な笑みを返すだけ。 「…違うの?」 恐る恐るそう聞けば、困ったように眉を下げる。そして私の頭を優しく撫でながら少し言いにくそうに口を開いた。 「お前の記憶は一日しか持たないんだ」 「……そんな…」 じゃあ、明日には心さんを思い出した事さえも忘れてしまうの?今こうして心さんと過ごした時間も全て。全て、忘れてしまうの…? 「でもそれ以外はなんも異常ねえから心配すんな」 身体の奥から込み上げてきた物が、喉に詰まる。 苦しくて、苦しくて。 「医者もビックリしてたよ。お前の回復力は奇跡だ、って」 優しく頭を撫でてくれるその手の感触すら、胸を突き刺すように痛い。 「…いらない」 「…純恋?」 「…そんな奇跡、いらないよっ…!」 喉に詰まった物を吐き出すかのように、苦痛に濡れた声と共に熱い涙が溢れ出る。 泣き顔を見られたくなくて項垂れるように俯けば、次から次へと目から溢れてくるそれがギュっと握った拳にポタポタと落ちてくる。それすらも、煩わしい。 だって、こんな私、なんの意味もないじゃない。 貴方を思い出せない私が、貴方の隣に居ていいわけがない。 貴方を誰か分からない私が、貴方の優しさを受け取っていいわけがない。
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