屍へ、はなむけを囁く

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今日も又、昨日とよく似た、変わり映えのない日常が繰り返されるのだと思っていた。 それは私に限らず、きっとこの世界で息を吸っているほとんどの人が思う事だろう。 強い根拠もなければ確たる(しるべ)すらない。 なのに、漠然と。 いつも、私たちの中にそれは存在する。 “当たり前”という、贅沢な概念。 「……此処、どこ」 目が覚めて開口一番に出てきたのはその一言だった。 寝惚け眼を手の甲で擦り、ようやくクリアになってきた視界が捉える物は全て、見覚えのない物だった。 私が寝転がっていたこの広すぎるベッドも、淡いグリーンに大柄の花が散っているデザインのシーツも、部屋の隅に置かれた観葉植物も、枕元の間接照明も。 はっきりとは思い出せないけれど、私の部屋はこんなにオシャレなインテリアで統一されてはいなかったし、ここまで広くもなかったはずだ。 「……どこ…」 またもやその言葉がポロっと口から零れ落ちた、その時。景色として視界の隅に溶け込んでいた木製の扉がガチャリ、と音を立てた。 扉がゆっくりと開いていく。その隙間が広がるにつれて、まるで比例するようにドクンドクンと脈打つ鼓動の音が大きくなる。 無意識にシーツを握り締めた手には、薄っすらと汗が滲んでいた。
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