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ガタ、と音を立てて向かいに座るその人をちらりと上目がちに一瞥しては湯気が立つそれを恐る恐る持ち上げる。
その時、鼻を掠めたのは独特の匂いに混ざった、甘いクッキーのような香り。
…これ…。
その甘い香りを、私はよく知っている気がした。
まるでそれに誘われるように身体が勝手に動いていた。
口を付けた部分から、ゆっくりと流れ込んでくる温かい液体。ほんの少しの苦みの後、口の中いっぱいに広がる甘さ。
そして何より、この甘い香りが、一気に心を温めてくれるようだった。
「…美味しい…」
無意識のうちにその言葉がぽろりと口から零れ落ちた。
「美味しい!すっごく美味しいです、これ!私、コーヒーを美味しいって思ったの初めてです!」
次の瞬間、バっと顔を上げて興奮気味にそう言う私にその人は「へえ、それは良かった」と緩く弧を描いた口許に、自身のマグカップを近づける。
「さっきの、何入れたんですか?ただのミルクじゃないですよねっ?」
前のめりになって食いつくようにそう聞く私にその人は大きな手を此方に伸ばしたかと思えば、いきなり私の鼻をむぎゅっと摘まんだ。
「ちょ、何すっ…」
その手を引き剥がそうともがく私にクスクスと空気を揺らして笑う音を零す。とても楽しそうに笑うその様子に、どうしてか胸が焦げ付くほど熱くなった。
鼻を解放したその手で次はわしゃわしゃと私の髪を乱すように頭を撫でる。
その感触が、
「俺の名前が当てれたら、教えてやるよ」
とても好きだ、と思った。
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