陰獣の街

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 ……ずん、ずん。  それは突然、聞こえるというよりも、地面から直接由美子の足を伝わって、体の中に響いてきた。家の中にいる時と違い、「それ」の歩く振動が、はるか遠くから地面を揺らしているのを感じたのだ。それを感じた途端、由美子の胸に早くも後悔の念が襲ってきた。やっぱり、やめるべきだったかしら。こんな無茶な事、たとえ成功したとしても、後からみんなに責められるのはわかりきっている。いえ、もしも「成功」しなかったら、一体どうなるの……?   しかしもはや、後戻りは出来なかった。自分の母親を始め、今から家の中に入れてくれる所はどこにもないだろう。やるしかないのだ。由美子は体に伝わる振動に震えつつ、その振動が次第に大きく、次第にこちらへと近づいてくるのを、唇をぎゅっと噛み締めながら待ち続けていた。  ずしん。ずしん……!  地響きは、体に伝わる振動と、耳から聞こえてくる音とを増大させながら。確実に、家のすぐ近くまでやって来ていた。もうすぐ。もうすぐよ! 由美子は、ともすればあまりの緊張感に叫び出したくなる気持ちをぐっとこらえ、屈めていた体を更に小さく縮こませた。  どくん、どくん、どくん。心臓の音が「それ」にまで聞こえそうなくらい高鳴っているのを感じ、思わず両足を曲げて、両手で抱えるようにしてぐっと胸に引き寄せる。自分の胸の鼓動を、自分の中に閉じ込めるかのように。そして。「それ」は遂に、家の前へとやってきた。  ずしん! ずしん!  地面から伝わる地響きは、今や地鳴りにも似て、由美子の体全体を震わせていた。由美子は更に叫び出したくなる自分を懸命に抑えていた。ずしん! ずしん! 「それ」はいつも通り、家の左側からゆっくりと近づき。家の手前に差し掛かった。由美子が今いる位置と、家を挟んでちょうど反対側に、「それ」がいるのだ。これまでのように、「それ」と自分とを隔てていた、厳重に閉ざされた家の壁は、今はないのだ。たまらず、そこから逃げ出したくなった。叫び声をあげながら、飛び出したくなった。
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