陰獣の街

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 その響きは、はるか遠くから聞こえ始め、そして徐々に由美子の家の方へと近づいてきた。ずしん。ずしん。音が近づくにつれ、家の壁や天井もその音に合わせてグラグラと揺れ動いた。  ずしん。ずしん! ……音は、由美子の家のすぐ近くにまで接近していた。台所の食器が、地響きがする度に、棚の中でぶつかりあいながらカタカタと音を立てている。由美子と母は、暗がりの中でお互いの体を寄せ合うようにして、じっとその音に聞きいっていた。  ずしん! ずしん。  ずしん……  家のすぐ前を横切っていった地響きは、近づいてきた時と同じように、ゆったりと由美子の家から遠ざかっていった。ふう……。由美子も母も、どちらともなく、同時に大きなため息をついた。これで安心だ。後はもう、「警戒解除」のサイレンが鳴るのを待つだけだ……。由美子は時間に間に合った喜びを、今更のように噛み締め。母親の肩に、そっと自分の頭を預けていた。  それはいったい、いつの頃からだろうか。由美子が物心ついた時には、もう「それ」はこの街へとやって来るようになっていた。まだ幼い頃、今日のように母親の胸に抱かれて、あの地響きを聞いていた、そういう記憶があった。母親が感じている恐怖が、自分をぎゅっと抱きしめるその腕と暖かな胸を通じ、由美子の体にも伝わってきた。  だから自然と、誰に教わるわけでもなく、由美子は認識していた。「それ」は、例えようもなく、恐ろしいものなんだと。その恐怖は、大人になった今でも由美子の心を強く支配していた。そしてそれは、この街の住人全員が共通して感じている恐怖であった。  名前はわからない。どこからやって来るのか、そしてその目的はなんなのか。知っている者は誰もいなかった。皆それぞれに、「それ」とか「ケモノ」とか呼んでいるけれど。そして実は、「それ」を見たことがある者さえいないのだ。見たら最後。「それ」の視界に、入ったら最後だと。この街の住人は、小さい頃からそう教わって来ていたから。それだけは街の住人全員が知っていたから……。
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