陰獣の街

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 毎日交代で、街の中心にある高いやぐらに見張り番が登る。「それ」が来るのは決まって夜の七時過ぎだ。夕方六時には見張り番が「それ」が来るのを監視し始める。やってくる時間は計ったように正確だが、「いつ来るのか」はまったくわからない。連日やって来ることもあれば、一ヶ月近く来ないこともある。  だからこの街の住人は、夜の七時前には家へ帰るよう心がけている。もし七時を回るようだったら、帰らないことだ。七時を過ぎたら、この街には近づかないようにするしかない。今日の由美子のように、仕事が長引いてしまった時などは。  それでも由美子は、もう少し余裕を持って家に帰れるはずだった。しかし、こういう時には悪い事が重なるもので、事故による電車の遅れ、こんな時に限って定期が見当たらない、家に電話しようと思ったら携帯が充電切れ……結局、間に合うはずだとこの街に入ってから、時間があんなに押し迫ってしまったのだった。  そしてまた、こういう日に限って「それ」がやって来たりする。「来ない日」だったらなんてことはないのに……! 駅前の公衆電話からかけた家への電話で、「それ」がやって来ると母に告げられ。すでにひと気のなくなった街の住宅地を、由美子は必死に走っていたのだった。  「それ」は、光に敏感に反応するらしい。「それ」は、人間の小さな声も聞き分けるって言うぞ。全ては、「らしい」「だそうだ」という「噂」みたいなものなのだが。そういう話を小さい頃から叩き込まれているので、街の住人にとっては「真実」と変わりない。姿も形もわからない「それ」に、怯えながら生きている。それが、この街に住む住人の宿命なのだ。  誰一人その姿を見たことがなくても、あの「ずしん」という地響きから、「それ」がいかに巨大なものであるかということは、容易に想像出来る。また、ゆっくりとしたその地響きの移動が、何かとてつもない怪物の姿を想像させるのだ。間違っても、自分達が逆らったり出来る存在ではない。それは街の住人全員の、暗黙の了解だった。 「誰一人、その姿を見た者はいない」。では、見張り番は「何を見て」警報を鳴らしているのか? これは、見張り番が代々世襲制ということもあり、他の住人もはっきりとはわからないのだが。由美子は一度、学校の同級生だった「見張り番」に聞いてみたことがある。誰しも一度は、この「街の宿命」に疑問を抱くものなのだ。
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