陰獣の街

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 あなたは、どうやって「それ」が来るのを知るの? その姿を知ってるの? 彼は、これは本当に見張り番の家系だけに伝わる秘密なんだけどと前置きをしながら、由美子に話してくれた。 「実は僕も、『それ』の姿を見たことはないんだよ。いや、僕だけじゃなく、僕のご先祖様もね。でも、『それ』がやって来るっていう『兆し』があるんだ。それは実際に見てみないと、なんとも説明しづらいんだけど……『陰』とでも言うか。街の外れに、うっすらとその『陰』が見えるんだよ。  陰が見えたら、即座に警報を鳴らす。そして見張り番も、すぐにやぐらを降りるんだ。後は七時五分前になったらやぐらの下から警報を鳴らし、地響きがおさまってしばらくしてからまたやぐらに登る。もう充分に安全だという頃合いを見計らってね。その時にはもう『それ』の姿は消え去っている。  このタイミングだけは、やっぱり見張り番の家系に生まれた者しかわからないだろうなあ。小さい頃から親が警報を鳴らすのを間近で見て、それを体で覚えていないとね。  だから、僕の家系だけじゃなく、他の見張り番も、『それ』を見たことがある人はいないと思う。見てみたい、という好奇心に駆られることはあるけどね。陰を見つけた後、もっと長くやぐらに留まっていれば、『それ』の姿を見られるんじゃないか? って。  でもそれはやっぱり、タブーだからね。もしそれで命を落としたりしたら、見張り番という名誉ある我が家の家系に泥を塗ることにもなるし。まあ、こうやって君に秘密を話すこと自体がタブーでもあるんだけど……」  その後、由美子はその見張り番の「彼」に誘われるままに、一夜を共にした。それっきり、一度だけの関係ではあったけれど。それだけの価値がある話だったと、由美子は信じていた。
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