陰獣の街

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 こうしてこの街の住人は、姿形もわからない、いつやって来るかもわからない「それ」に怯えながら日々を過ごしているのだった。もちろん、そんな日々に嫌気がさして、街を出て行こうとする人々もいる。だが、それもごく少数であり、結局は他の住民に説得されて、脱出を諦めることになる。  なぜなら、街を出ると、「それ」も後を追っていくのだと。この街の住人が街を出て行く事により、「それ」が行動範囲を広げることになるのだと。そういう「言い伝え」があったからだった。自分達がこの街に留まることにより、「それ」の拡大を防いでいる。街の住人には、そういう自負があったのだ。  自分達が我慢する事により、他の街の平和を保っているのだという、誇りに満ちた自負が。それはこの街の住人皆に昔から共通して存在する誇りであり、その思いでこの街が成り立っているとも言えた。由美子は時にこうも考えた。この街は、おそらくは「それ」の存在によって、初めて成り立ってもいるのだと。  由美子はこの街の住人にしては珍しく、「他の街」へと仕事に出かけていた。もちろん、この街が「鎖国」をしているというわけではなく、他の街との交流もあったのだが。他の街へ移住する事すらタブーである街に於いて、街の外で就職することもまたタブーとされていたのだ。が、やはり時代の流れというものもある。これまでにも、ほんのわずかではあるが、そうやって他の街で仕事をしていた人も存在した。もちろん、それを食い止めるよう説得はされるのであるが。 由美子が街の外で働きたいという希望を言い出した時も、やはり周囲の猛反対にあった。幼い頃から、この街の「しきたり」について疑問を抱き続け、そしてそれを容易に受け入れる事が出来なかった由美子にとって。それは当然の希望だったとも言えたが、周りの反対を受けるのも、ある程度は覚悟していた。  しかし、周囲の反発は由美子の予想以上だった。この街はこんなにも、外へ出る事を拒絶するのか。外で暮らしたいというのではなく、仕事が終われば、またこの街へと帰ってくるのに。それさえも許さないと言うのか。それがまた、由美子の反発心を増幅させた。それはへたをすれば、由美子の家族が「村八分」にされかねないくらいの確執になりそうであったが。
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