陰獣の街

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 由美子にとって、この街の生活自体に、何か不満があるわけではなかった。もちろん、「それ」の存在を除けば、だが。街を出なくとも、生活に必要なものは手に入った。無理をしてまで、街の外に出て行く必要はない。普通に考えれば、街の中での、その中だけでの生活に、満足すべきなのだろう。しかし、由美子は時に、街に閉じ込められたままの毎日が、まるで監獄に捕らわれているかのように思えるのだった。  違う世界へ出てみたい、違う街で生きてみたい。それは、子供が抱く憧れのような、漠然としたものだったが。そして、「外へ出たい」と願うことが禁じられているからこそ、そう思うのかもしれなかったが。由美子はその思いを断ち切ることが出来なかった。それはもしかしたら、自分を縛り付けている、「それ」への恐怖から逃れたいという願望であったかもしれない。「それ」の存在が、私をここに閉じ込めている。この街に縛り付けている。私だけでなく、この街の住人全てを。  母親にそんな話をすると、母親は軽く微笑みながら、「そういう人もいるわよ」と言うのだが。そういう考えを持つ人がいたって、おかしくない。由美子はちょっと、その度合いが大きいだけなんだと。そうやって娘の思いを理解してくれる母親を持った事が、自分にとって一番の幸せだったと由美子には思えた。  他の家庭だったら、こうはいかなかったかもしれない。無理やりにでも、街のしきたりに従うことを強制されたかもしれない。ましてや、街の外で働くことなど許してはもらえなかっただろう。だから、由美子は母親に対する感謝の意味からも、外へ出てからの「言いつけ」を守るよう努力していた。そう、これまでの間は。  あの、「それ」がやって来るギリギリの時間に、由美子が家に駆け込んだ日から数日後。由美子は、自分の住む「街」へと繋がる橋の袂に立っていた。ここを渡れば、そこから先は我が家のある街だ。「それ」の存在に怯え、そして「それ」の存在によって成り立っている街への架け橋。この橋以外に、街へと繋がるルートはない。いわば由美子の住む街は、この橋を除けば完全に孤立しているとも言えた。だからこそ、人智を超えた「それ」の存在というものが成立しているのだろう。
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