陰獣の街

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 はあ、はあ、はあ。  夕闇の迫る、閑静な住宅地。  由美子は荒い息を吐きながら、家への道を急いでいた。  こんな時間になるはずじゃなかった。もっと余裕を持って帰れるはずだったのに。由美子は走りながら、右手の腕時計をちらりと見た。時間まで、あと十分もない。ほんとにギリギリだわ! このまま走り続ければ、なんとか間に合う。どこかで一息ついている暇はないわ……。由美子は諦めたように、唇を噛み締め。家までの道のりを、ひたすら走り続けていた。  ううう、うううう……  するとその時、住宅地の静けさを引き裂くように、サイレンの音が鳴り響き始めた。ああ、もう五分前なのね! 由美子は息苦しさと足の痛みをこらえながら、少し走るスピードを上げた。あと少し、あの角を曲がれば、もう……!   ほとんどよろめくようにして住宅地の角を曲がり、我が家の姿をその目で確認し。由美子は思わず涙が出そうになってしまった。間に合った。もうすぐそこよ! あと一息……! 由美子は玄関に突進するかのように、走り続けてきたそのままの勢いで、我が家の小さな門を開いた。間に合った。助かった……! 「由美子よ! 母さん、今帰ったわ! 開けて、開けて!」  ガンガンガン! と乱暴に、由美子は鍵の掛かった玄関を両手で叩いた。荒っぽいし、隣近所にも聞こえてるだろうけど、そんなことはかまっていられない。「早く開けて!」由美子がそう叫んだ瞬間、玄関の戸がガラッと開いた。由美子は思わず家の中に転がり込んだ。 「由美子、心配したのよ! もう、こんなギリギリまで……」  由美子の母はそう言うのももどかしいといったように、大急ぎで再び扉を閉め。その内側から、ガッチリと隙間を埋めるように厚い板をはめ込み。鉄製の太いカンヌキで、ガチッと板を固定した。 「ごめんなさい、もっと早く帰れると思ったんだけど……」  由美子はやっと落ち着きを取り戻し、しかしまだ、はあはあと息をつきながら。 履いていた靴を脱ぎ捨てると、そのまま玄関口にへたり込んだ。 「さあ、もう静かにしなさい。時間よ」  由美子の母は、声をひそめて由美子にそう呟いた。由美子もその言葉を聞き、ごくりと唾を飲み込んだ。家の中を――カーテンを締め切り、明かり一つ点けていない真っ暗な家の中を。重苦しい沈黙が満たし始めた。そして、その沈黙を破るように。  ずしん……ずしん……。   ゆっくりとしたリズムを刻む地響きが、遠くの方から響いてきた。
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