プロローグ サクラソウは語った

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プロローグ サクラソウは語った

 サクラソウが見事に咲いた日、私立鎌倉八雲高校の新米英語教師である佐藤和寿は、いつもの朝を迎え、出勤がてらいつものコンビニで朝食のおにぎりとお茶を買い、登校すると職員室で今日の授業の予定を確認しながら頬張った。  外はまだ薄暗い。  校庭には桜並木。  盛りは過ぎてとっくに散り、緑の葉だけが生い茂っている。 「今日はうちのクラスに転校生が来るんだったな」  和寿は、2年生の担任である。  昨年度限りで公立高校へ転校した生徒がいて、その穴埋めというわけでもないだろうが、丁度転入希望の優秀な生徒がきたので合格させたと校長が言っていた。 「ここの環境は、いまいちなんだけどなあ」  この鎌倉八雲高校は、偏差値は中堅だが、お世辞にもお上品とは言えない。  生徒たちの中には、ヤンキー風味の生徒が目に付く。  新米教師の和寿は、一部の生徒たちから甘く見られていて、名前を呼び捨てにされることが唯一の悩みである。  私立なので素行が悪ければ容赦なく退学となる。  昨年辞めたのも、そんな中の一人だったそうだ。  学校経営としては生徒の数が減るのは困る。そこで、優秀な転入生がいればいつでも大歓迎らしい。  そんな学校の懐事情を、和寿は赴任後に知った。 「どんな子だろう?」  こんな学校になんの血迷いか、高偏差値高校から転入してくるというのだから驚きだ。  ここの変な色に染まらず優秀なまま伸びて欲しいところだが。  今日が初顔合わせで名前も知らない。  全て、理事長と校長だけで話が進められていて、担任となる和寿なのに何の情報ももらっていない。 『君は授業と進路指導をしっかりやってくれればいい』  新米でありながら、クラスを任されたのは自分を見込んでのことだと喜んでいたが、やや不安が残る。 「まだ、一か月ちょっとだから、授業の遅れは補習で取り戻せるかな」  そんなことを考えていると、校庭から騒がしい声が聴こえてきた。 ――ザワザワ。 「朝から何か問題が起きているんじゃないだろうな」  他に教師がいない。  仕方なく立ち上がると、騒ぎの中へ向かった。
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