最終章 付きまとう影

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「ジュースだと甘くならないのか?」 「甘くない品種のブドウを皮ごと搾った100%ストレート果汁だから大丈夫。皮に含まれるタンニンがお肉を柔らかくするから、絶対に使いたかったの」  タンニンとは、渋味のもとになる植物由来の天然成分で、肉のたんぱく質を柔らかくする性質がある。  目の前に置かれた小箱が一生懸命に作ったビーフシチュー。  大きな牛すね肉の塊が2個も入っていて、山のように盛り上がる表面を溶けた脂汁が流れている。 「ちょっと、待って! 生クリームを忘れていた」  小箱が慌てて冷蔵庫から生クリームのパックを取り出すと、一筋、二筋、シチューに掛けた。 「豪勢だな」 「肉の特売日だったから、奮発しちゃった」 「特売日様様だな」  和寿は、一口分のソースを丁寧にスプーンで掬うと、ゆっくりすすった。  ブドウのフルーティーで複雑な旨味と渋味が、一気に口の中に広がる。  ややほろ苦い大人の味。  次に、肉の塊へスプーンを入れると簡単に切れた。  脂汁がほとばしり、低い方へ流れ落ちて溜まっていく。  口に入れると、少し噛んだだけで繊維がホロホロと崩れて溶けていき、あっという間に、口の中から消えた。 「どう?」  小箱が不安そうに聞く。 「うん。旨い。しっかりしたシチューになっている」  おふくろの味とは微妙に違うが、これはこれで小箱のシチューとして味が気に入った。  和寿は、夢中で食べ進んだ。
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