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「和寿さんだって、何度も会っているでしょ」
「俺が何度も? えーと……」
「覚えていないの?」
追いつめられた和寿は、一か八か、記憶にある子を出してみた。
「もしかして、自転車が盗まれて捜してあげた、あの子?」
「そう」
「あの子が被害者だったんだ……。名前まで覚えていなかった……」
いや、顔の造形だっておぼろげで、成長した今となっては、どこかですれ違っても気づかなかっただろう。
名前や顔まで覚えていなかったが、一緒に自転車を捜した記憶は確かにある。
こんなに身近な人が、事件の被害者だったことに和寿の気持ちも沈んだ。
もういないのかと思うと、やるせない。
小箱は、スマホを取り出した。
「これで那由とやり取りして、数時間後にニュースで事件を知った。私、人違いを願って何度もメッセージを送ってみたけど、応答はなかったんだ。私とのやり取りが最後になったみたい」
心のよりどころを失ったように目を伏せる小箱に、掛ける言葉が見つからない。
立場的に抱きしめることもできない。
ただ、目の前の小箱を見るだけで己の無力さに向き合うしかない。
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