最終章 付きまとう影

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 鎌倉は、自然と街がモザイクのように混ざり合う風光明媚な土地。  海と山の緑がきらめく、風と光の街。  江ノ島を目指して海に向かう観光客。大仏を目指して山に向かう観光客。  道が狭いので道路は渋滞しがちだが、江ノ電にモノレールもあり、観光の足には困らない。  仕事に忙殺されて学校と家を往復するだけの和寿は、買い物で街に出かけること自体が久しぶりだ。  生徒や保護者に見られてはならないため、小箱は留守番。  堂々と、二人で歩ける日がいつか来るのか来ないのか。 「さてさて、何を作ろうか……」  ぼんやりと考えながら、押し寄せる観光客や人力車を避けて進む。  和寿に作れる献立は、麻婆豆腐、ハヤシライス、カツ丼など。  短時間で作れて、副菜なしでも満足できる一人暮らし向けの料理ばかり。  一汁三菜など、とてもとても作れない。  土産物屋やカフェの立ち並ぶ商店街を通り抜けると、地元の人が利用するスーパーマーケットがある。  そこに入ろうとしたところで、背後から、「……佐藤先生」と、小さく声を掛けられた。  学校関係者なら『和寿先生』と呼ぶはず。  どこの知り合いだろうかと思いながら振り向くと、魅囲篤輝(みかこいあつき)が立っていた。  休日でもスーツを着用している。 「魅囲先生……」  強烈な印象を与えてくるラペルピンとカフスボタンが光っている。  いつでもどこでも気を抜かない性格なのだろう。  だが、この夜の都会のような恰好でも、ここ鎌倉では違和感なく風景に溶け込んでいる。  かたや、和寿は休日ということもあり、思いっきり手抜きで大学生のような服装をしている。  これはこれで、観光客に溶け込んでいると本人は思っている。 「やはり、佐藤先生でしたか。自信がなかったので小声で呼んでしまいました」  スーツ姿でなく、大学生のような服装の和寿を他人の空似かと疑うのは無理もない。
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