最終章 付きまとう影

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「魅囲先生、観光ですか?」 「いいえ。下見です」 「下見?」 「そうです。次の引っ越し先として、やはり鎌倉は外せないだろうと思いまして、どのような街か確かめにきました」  洗練されたスーツ姿でするようなことではなかろうと和寿は思った。 「本気で引っ越す気ですか」 「ええ。今の高校は3年目。そろそろ異動があってもおかしくない」 「3年ごとに異動とは、大変ですね」  その点、私立はずっと同じ学校。  顔ぶれの変化は異動ではなくて転職となる。  私立から私立へ。公立から私立へ。私立から公立へ。  人によってさまざまある。 「公立の宿命ですね」 「ちなみに、総新高校の前はどちらの高校だったんですか?」 「庫山坂(こやまさか)高校です」 「庫山坂高校? 初めて聞きました」 「庫山坂高校は藤沢市にある新設高校なんです。赴任した時は1年生しかいなくていろいろ大変でしたけど、これから母校として校風と伝統を作って行こうという気運が高くて、とてもやりがいがありました。僕の異動辞令が出ると生徒たちが泣いて別れを惜しんでくれて……。嬉しかったな」  当時を思い出したのか、とても寂しい表情となった。 「いい思い出ですね。私立は異動がないから、教師が生徒を見送るばかりだ」 「鎌倉八雲高校って、どこにあるんですか?」 「鎌倉駅から歩いて10分ほどにある、鎌倉八雲(かまくらやぐも)神社の先にあるんですよ」 「それじゃあ、学校名はその神社から?」 「そうです。厄除け開運で有名なので、あやかったんです」 「厄除けか。僕にはまだ早いかな」  憎たらしいほど爽やかな笑顔を見せる。
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