プロローグ サクラソウは語った

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「どうしたあ?」  集まっている生徒たちにのんびりした声を掛けると、全員が振り返った。  和寿のクラスの子もいるが、違う子もいる。  体操服を着ている子もいる。彼らは、たまたま、朝練で登校していた生徒だろう。  右手に痛々しく包帯を巻いた女生徒が、怒りながら和寿に訴えた。 「和寿先生! 見てください、これを!」  奈爪宇都(なつめうど)。  隣のクラスの子で、確か吹奏楽部に入っていたと和寿は記憶している。  和寿先生と下の名前で呼ぶのは、この学校には佐藤姓の教師がたくさんいるからだ。  佐藤御笠、佐藤肇、佐藤行、佐藤亜夫、佐藤房男、佐藤三十四。  ざっと、教師だけでこれだけいる。  和寿の担当するクラスにも佐藤姓がたくさんいる。  佐藤輪湖、佐藤小角、佐藤昭士、佐藤湾努。  ここでは、佐藤で呼ばれることを諦めた方がよい。 「奈爪さん、その右手はどうしたんだ?」  奈爪は慌てて右手を隠した。 「これは、ちょっとした怪我です。そんなことより、この花壇ですよ」  奈爪が言う通り、まさに盛りのサクラソウが咲いていた花壇が、滅茶苦茶に荒らされていた。  桜色の花びらが無残に散り、踏み潰され、根っこから引っこ抜かれている。 「これは、どうしたんだ?」 「どうしたもこうしたも、悪質ないたずらです」 「誰がこんなことを」  奈爪が爆弾発言をした。 「私、犯人を見ました」 「それは誰だ?」 「彼女です!」  奈爪は、体操服姿の苫米瑠偉(とまべるい)を包帯の巻かれた右手で指さした。  苫米はいきなり名指しされて戸惑っている。 「私じゃない!」 「私、見たのよ。あなた、昨日の遅くにこの辺りを歩いていたでしょ。手には泥がついていた。その汚れた手を外の水道で洗い流していたのもね」 「それは、居残りで部活の練習をしていて、終わったので手を洗っただけよ」 「あなたが最後の生徒だった」 「だけど、私じゃない!」  必死に否定する苫米。  犯人だと決めつける奈爪。  周囲の生徒たちは、すっかり苫米を犯人として見ている。  和寿は、慌てて仲裁に入った。 「まあ、待て。詳しい話を職員室で聞こうじゃないか。はい、みんな解散!」  和寿は、二人を職員室に連れて行った。
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