会いたかった

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会いたかった

「お久しぶりです。私のこと、覚えてますか?」  そう声をかけると、目の前の男はきょとんとした顔で私を見た。  頭のてっぺんからつま先まで、二度、三度見返したうえで首を横に振る。  ああ、やっぱり。やっぱり覚えていないのね。  あの事件はこの男にはその程度のこと。被害者の母親の顔すら覚えていない。  一年前、私の娘はこの男に轢き逃げされて死んだ。  小学校からの帰り道、目撃した人の話ではきちんと青信号で横断歩道を渡っていたのに、そこに信号無視の車が突っ込んだ。  かなりの速度で交差点に突っ込んだ車は、私の娘を轢いても止まらず、いっそう速度を上げて逃げ去ったそうだ。  周りにはたくさん人がいて、娘はすぐに呼んでもらった救急車で病院に運ばれたが、轢かれた時点でほぼ即死だったと医者に聞かされた。  目撃者はたくさんいたから、すぐに車も持ち主も特定された。でも娘を轢き殺したこの男の父親はかなりの資産家で、本来交通刑務所行きを免れないところを、腕利きの弁護士が無理矢理執行猶予を勝ち取り、この男自身は人の噂を避けるために留学の名目で外国へ逃がされた。  その、逃亡までの期間の中で、私は何度もこの男の元を訪ねたの。不可抗力でも何でもない、轢き逃げで人を殺した人間が、罰も受けずにどうしてのうのうと普通の生活をしているのだと、何度も何度もこの男の家に足を向けたの。  でも取り合ってはくれず、むしろ名誉棄損だと、警察を呼ばれる始末だった。  そして、いつしかこの男は外国に行方をくらました。  どこにいるか必死に調べたけれど、手掛かりは何一つ得られなかった。その間に、この男の父親が雇った人間に妨害のための嫌がらせを受けた。
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