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ある昼間、洗濯機を回していると、珍しく別の住人が地下室に入ってきた。
中年の男性だ。
すすぼけた繊維の粗いジャケットに、ばらばらとした髪が、いかにも不潔そうだった。蛍光灯の光が黄色いお陰で、その皺の多い顔が余計にいかがわしく見える。
適当に挨拶をすると、
「君、ここでよく洗濯をするの?」
と話しかけられた。
「ええ、まあ」
「ここ、グリーンカーディガンおばさんが出るらしいから気をつけてね」
男はにやにやとしながら服を洗濯機に入れて、そう言った。
「なんです、それ」
「知らないのか。まあ、ただの噂だからね。でもここら一帯の住民なら大抵知ってる」
その時初めて、その話を聞いた。
緑色のカーディガンを着た、中肉中背の、女性の不審者。
普段は都会の古い建物の、隙間や物陰に潜んでいる。
そして、夜になるとどこからともなく現れる。
そいつと目が合ってしまうと、とり憑かれる――……
「いや、とり憑かれるってなんですか? 不審者なんでしょう?」
「半ば、化け物みたいな扱いってことだよ。都市伝説というかな
「確かに、どこかで聞いたような噂話ではありますけど」
「せいぜい、出会わないように気を付けようね」
男は地下室から出ようとして、その時、振り返って告げてきた。
「最近は、目が合うだけじゃなく、名前を呼んでもだめらしい。グリーンカーディガンおばさんと言う時は、本人に見つからないようにね」
「ちょっと待ってください。とり憑かれると、どうなるんですか」
「もちろん、殺されるらしいよ。ま、女なんだろ? 俺なら、足のひとつもへし折ってから警察に突き出すかな」
げっげっと笑いながら、男は去っていった。
変な余裕をまとっている様子が、妙に不愉快だった。この時は。
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