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あの男とは、結局、その後会うことはなかった。
男は死んだ。
その夜、近くの国道に飛び出し、車に引かれた。
誰かに突き飛ばされたような様子ではなかったという。
事故として片づけられ、それを誰も疑うことはなかった。
警察に、一応僕が見聞きしたことを話した方がいいのかもしれないとは思いつつ、今更……という気もしたし、藪蛇はごめんだった。
これだけなら、単に気味が悪いだけの話だ。
しかし、僕が体験したある出来事というのは、この直後に――例の地下ランドリーで起きたのだ。
男が死んで、一週間ほどした日の夜。
僕は寝静まったマンションで、洗濯をするため、地下への階段を降りていた。
地下室に入ると、中には先客がいた。
その人物は、入り口にいる僕に、右半身を向ける格好で立っている。
人がいるのは珍しいことではあるのだが、別段驚くことではない。
本来ならば。
しかし、そこにいたのは。
横顔を見せてたたずんでいたのは、中肉中背の女だった。癖のある中途半端な長さの髪に、丸まりかけた背中。
蛍光灯の光量と点滅のせいで、年の頃は分からないが、どう見ても若くはない。
そしてその女は、薄い緑色のカーディガンを着ていた。
しかも、壊れていて動かない、普通なら使う者などいないはずの、一番奥の洗濯機の前にいる。
この人は洗濯をするためにここにいるのではない。
なら、これは誰で、何のためにそんなところにいるのか。
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