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出会ってしまった。
頭の中に、あの男の話と、最後にインターフォンで見た凄まじい表情が弾けるように浮かんだ。
「グリーンカーディガンおばさん……」
言ってしまってから、口を両手で抑えた。名前を呼んでもだめだ――そう言われていたのに。
明らかに、その女には聞こえていただろう。
直感的に連想した。インターフォンを横切ったもの。あの男を追ったもの。僕も襲われる。男は死んだ。僕もあの男のように――……
しかし、女は、洗濯機の前で突っ立ったままでいる。
僕はつい、その横顔を注視した。
地味で、特徴のない顔。だが、黄色く照らされたその表情は異様だった。
目と口を思いきり大きく開けて、静止したまま、ただまっすぐに前を見ている。
牙を剥いた獣のような顔。今にもこちらを振り向き、食らいついて来そうだ。
異常だ。
異様すぎる。普通の人間ではない。
僕は一目散に部屋に戻った。
そしてドアに鍵をかけて、その足で机のパソコンをつけ、不動産屋のサイトをあさった。
こんなマンションにはいられない。
あの女には、僕が名前を呼んだのに、反応する素振りはなかった。
運よく、見逃されたのかもしれない。
そして、奴は終始横顔だったので、僕と目は合わせていない。
今なら逃げ切れる。
そして僕は早々にその部屋を出て、別のマンションに引っ越した。
もうじき一年が経つ。
今のところ、グリーンカーディガンおばさんには襲われていない。
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