六文銭の十本刀/1

2/2
131人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
「なっ、おかしいだろ」  そらみろ、と言わんばかりの幸村。  佐助が自ら仕事を申し出ることもそうだが、幸村を二の次にするなどありえない! 才蔵の怒鳴り声を聞いて考えを改めたのかもしれないが、佐助に限ってそれはない。別人が佐助に化けたとも考えられるが、佐助はああ見えて、五遁(ごとん)(特に得意なのは火遁(かとん)である)を操り、俊敏さも併せ持つ有能な忍なのだ。そもそも「あんな脳天気な忍を真似できるものならやってみろ!」と言いたくなる。そうなると、やはり佐助が『おかしい』ということになるのだが――。 「そもそも幸村さま。幸村さまは、なにゆえ佐助が『おかしい』とお思いに?」 「……うん」  幸村の表情が曇る。 「実は、気になることを耳にしてな」 「なんです?」 「望月(もちづき)が報告してきた。昨夜、旧臣楼周辺で浪人の死体が見つかったそうだ」  才蔵は目を見張った。  死人が出たことも大問題だが、問題はそれが見つかった場所だ。旧臣楼は上田城本丸から見て、北東方向――三の丸の一画にある。塀に囲まれた武家屋敷で、幸村の父――真田昌幸(さなだまさゆき)の隠居に伴い、彼に仕えた家臣団が集団生活を送っている。ここがややこしいところなのだが、彼らはもともと東方四神国(とうほうしじんこく)黄帝(こうてい)徳川(とくがわ)家の家臣であった。ちなみに、旧臣楼とは「名称がなければ不便だ」という理由でつけられた通称であり、正式名称ではない。ともかく、以上の経緯から旧臣楼は才蔵にとって目の上のこぶ(・・)でしかなく、できることなら関わり合いたくはない、主君を関わらせたくもない存在だ。しかし、主君にとっては無下するわけにもいかないのである。 「同行していた配下の話では、死体はあまり血も出ておらず、急所を一発なんだそうだ。そのことから、下手人は人斬りではなく暗殺に長けた人間だろうと」  望月が言うならそうなのだろう。彼の見立てだ。間違いはない。だが――、 「そもそも、佐助がそれに関係しているかどうかはわかりませんよ?」  それで佐助が『おかしい』と判断するのは、あまりにも早急すぎるのではないか。 「……わかってる」 「でしたら――」 「だが万にひとつ、可能性がないわけじゃないだろう」  これがもし、外様(とざま)の忍の仕業であってくれれば、主君がこうも気を揉むことなどない。  だが断言できる。残念ながら、それはない。  この東方四神国において忍は〝四神〟と〝黄帝〟を冠す領主または武家に属することが義務づけられ、完全に組織化している。島の中央に位置する中央四神国(ちゅうおうしじんこく)は忍を使うことを禁じられているため、見ることはない。西に位置する西方四神国(せいほうしじんこく)では、ごく稀に『はぐれ忍』が存在するが、国外に出てまでの仕事は珍しい。となると、忍以外で考えられる可能性は――。 「――鍼師(はりし)のような、人体にくわしい人間の仕業という可能性はないのですか?」 「才蔵」  主君がちょっと困ったような笑みを浮かべる。 「……失礼しました」  主君の心を少しでも軽くしようと思ってのことだったが、余計なお世話であった。自分ならばともかく、彼のような陽気な気性の持ち主が、このような暗い考えに至れば世も末だ。ともあれ、佐助に対する疑いが晴れたわけではない。 「幸村さま。ひとまず佐助のことは後回しにして、旧臣楼周辺で起きた浪人殺しの件に着手いたしましょう」  いずれにせよ、この本丸に旧臣楼の者が訪ねてくるのは時間の問題であり、放っておけば、やがて城下町にも被害が及ぶかもしれない。起こった事柄を解決することが最優先だ。  うん、と幸村がうなずく。 「そうだな、そうしよう。根津(ねづ)由利(ゆり)に聞き込みするよう頼んでくれ」 「御意」  幸村の決定を才蔵は了解する。 「もう戻っていいぞ。……すまなかったな、面倒をかけて」 「いいえ。では失礼いたします」  才蔵は頭を下げ、退室した。 (まったく、あの人は……しょうがないですね)  才蔵はひと息つき、頭を切り替える。  とにかく今は、主君の心を少しでも軽くするのが先決だ。  さっさと、浪人殺しの件を片づけよう。  佐助と浪人殺しが無関係であるとわかれば、主君は心の底から安心できるだろうから。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!