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「なっ、おかしいだろ」
そらみろ、と言わんばかりの幸村。
佐助が自ら仕事を申し出ることもそうだが、幸村を二の次にするなどありえない! 才蔵の怒鳴り声を聞いて考えを改めたのかもしれないが、佐助に限ってそれはない。別人が佐助に化けたとも考えられるが、佐助はああ見えて、五遁(特に得意なのは火遁である)を操り、俊敏さも併せ持つ有能な忍なのだ。そもそも「あんな脳天気な忍を真似できるものならやってみろ!」と言いたくなる。そうなると、やはり佐助が『おかしい』ということになるのだが――。
「そもそも幸村さま。幸村さまは、なにゆえ佐助が『おかしい』とお思いに?」
「……うん」
幸村の表情が曇る。
「実は、気になることを耳にしてな」
「なんです?」
「望月が報告してきた。昨夜、旧臣楼周辺で浪人の死体が見つかったそうだ」
才蔵は目を見張った。
死人が出たことも大問題だが、問題はそれが見つかった場所だ。旧臣楼は上田城本丸から見て、北東方向――三の丸の一画にある。塀に囲まれた武家屋敷で、幸村の父――真田昌幸の隠居に伴い、彼に仕えた家臣団が集団生活を送っている。ここがややこしいところなのだが、彼らはもともと東方四神国〝黄帝〟徳川家の家臣であった。ちなみに、旧臣楼とは「名称がなければ不便だ」という理由でつけられた通称であり、正式名称ではない。ともかく、以上の経緯から旧臣楼は才蔵にとって目の上のこぶでしかなく、できることなら関わり合いたくはない、主君を関わらせたくもない存在だ。しかし、主君にとっては無下するわけにもいかないのである。
「同行していた配下の話では、死体はあまり血も出ておらず、急所を一発なんだそうだ。そのことから、下手人は人斬りではなく暗殺に長けた人間だろうと」
望月が言うならそうなのだろう。彼の見立てだ。間違いはない。だが――、
「そもそも、佐助がそれに関係しているかどうかはわかりませんよ?」
それで佐助が『おかしい』と判断するのは、あまりにも早急すぎるのではないか。
「……わかってる」
「でしたら――」
「だが万にひとつ、可能性がないわけじゃないだろう」
これがもし、外様の忍の仕業であってくれれば、主君がこうも気を揉むことなどない。
だが断言できる。残念ながら、それはない。
この東方四神国において忍は〝四神〟と〝黄帝〟を冠す領主または武家に属することが義務づけられ、完全に組織化している。島の中央に位置する中央四神国は忍を使うことを禁じられているため、見ることはない。西に位置する西方四神国では、ごく稀に『はぐれ忍』が存在するが、国外に出てまでの仕事は珍しい。となると、忍以外で考えられる可能性は――。
「――鍼師のような、人体にくわしい人間の仕業という可能性はないのですか?」
「才蔵」
主君がちょっと困ったような笑みを浮かべる。
「……失礼しました」
主君の心を少しでも軽くしようと思ってのことだったが、余計なお世話であった。自分ならばともかく、彼のような陽気な気性の持ち主が、このような暗い考えに至れば世も末だ。ともあれ、佐助に対する疑いが晴れたわけではない。
「幸村さま。ひとまず佐助のことは後回しにして、旧臣楼周辺で起きた浪人殺しの件に着手いたしましょう」
いずれにせよ、この本丸に旧臣楼の者が訪ねてくるのは時間の問題であり、放っておけば、やがて城下町にも被害が及ぶかもしれない。起こった事柄を解決することが最優先だ。
うん、と幸村がうなずく。
「そうだな、そうしよう。根津と由利に聞き込みするよう頼んでくれ」
「御意」
幸村の決定を才蔵は了解する。
「もう戻っていいぞ。……すまなかったな、面倒をかけて」
「いいえ。では失礼いたします」
才蔵は頭を下げ、退室した。
(まったく、あの人は……しょうがないですね)
才蔵はひと息つき、頭を切り替える。
とにかく今は、主君の心を少しでも軽くするのが先決だ。
さっさと、浪人殺しの件を片づけよう。
佐助と浪人殺しが無関係であるとわかれば、主君は心の底から安心できるだろうから。
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