131人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
六文銭の十本刀/2
翌日。
才蔵から聞き込みを頼まれた由利鎌之助は白頭巾で顔を隠し、城下町を足早に歩いていた。同じ命令を受けた相棒はさらに情報を集めるため、まだ旧臣楼周辺にいる。
由利は城下町のいつもと変わらぬ活気に安堵する。だが、人々の視線は気になる。今は白頭巾で顔を隠しているため、苦にはならないが、居心地が悪かった。
と、そこへ――。
「あれぇ? 由利じゃないでやんすか」
声をかけてきたのは鍼師であり、医術の心得がある筧十蔵だった。
どうせ目的もなく、適当に城下をうろついているのだろう。
由利は彼を一瞥した後、足早に歩いた。
「待つでやんすよ~」
背後から軽快な下駄の音を鳴らして、十蔵が追いかけてくる。それでも、由利は無視を決め込んだ。かつて「おやぶ~ん」とつきまとわれていた頃から、彼に関わるとろくなことがない。が、願いむなしく、やつは追いついてきた。
「めずらしいでやんすね。一人で城下をうろついてるなんて」
無視。
「買い物でやんすか?」
無視、無視。
「あっ! 団子でも食べに行くんでやんすか?」
「――お前と一緒にするな!」
つい反応してしまった。
「やぁ~と反応してくれたでやんすね。無視するなんてひどいでやんすよ~」
にやり、十蔵が笑う。くっ、と唸る由利。
由利は相棒と分かれたことを非常に後悔した。
あいつなら、十蔵をあしらうことなど朝飯前だろうに。
さらに、面倒は重なる。
「おーい!」
今度は舌打ちする由利。
大きな数珠を袈裟にかけ、重さ十八貫(約七十キログラム)にもなる鉄棒を背負う筋肉質な巨漢がやってくる。名を三好清海入道。『入道』と名乗ってはいるが、彼は剃髪していない僧である。どうやら、二人の姿を見かけて追いかけてきたらしい。
(……また厄介なのが)
人々の注目が集まるのが、目に見えるようだ。案の定、視線が三人に注がれる。
「おお! あっしら、注目の的でやんすね」
「おうよ! 由利と十蔵は目立つからな」
(オレよりも、お前のばかでかい図体のほうが目立つだろうが!)
由利の心を知ってか知らずか十蔵が突っ込む。
「清海のほうが目立ってるでやんすよ」
清海の身長は約七尺(約二メートル)。目立ってあたりまえだ。
「いやぁ、おれってば人気者だなぁ。がはは!」
(こいつのこういう性格はうらやましいが……腹立つな)
盛大に笑う清海に対して由利は思った。
と、十蔵の鼻がなにかを嗅ぎつける。
「いいにおいがしやすね。どこからでやんしょ?」
くんくん、くんくん。
十蔵はにおいがする場所を辿ろうと、鼻を存分に活用する。
(犬か!)
由利は心の中で突っ込んだ。すっかり犬と化した十蔵はどんどん歩を進める。清海はわくわくしながら彼を追いかけ、由利はげんなりとしながらも、放っておくとなにをしでかすかわからない二人の後を追った。
「ここからでやんすね!」
十蔵がぴしっと指さした先に、茶屋がある。
(だから、こいつらと一緒にいるのは嫌なんだ)
にぎやかな場所が苦手な由利にとって、さらなる苦痛の始まりである。
「おう! さすがだな!」
「あっしの鼻はおいしいものだったら、なんでも嗅ぎつけやすよ!」
(その鼻、もっと他のところで役に立たせろ!)
おいしいものが食べられるとはしゃぐ二人に対して、由利は毒づいた。
「小腹が空いたところだ。腹越しらえとしようぜ」
「おい! 副頭領に怒られるぞ!」
由利はすかさず制止する。若いながら、しっかり者の幸村よりも、若さま一筋な佐助よりも、口うるさい海野翁よりも、丁寧かつ雅な才蔵を怒らせるほうが恐ろしかった。
「平気でやんすよ。副頭領にも買ってやればいいんでやんすから。あの人、団子や饅頭に目がないでやんすからね」
「おうよ。それに、おれたちは町を見回ってる。――立派な仕事だ」
「あのな……」
「まあ、いいじゃないでやんすか。よく言うでやんしょ?」
「武士は食わねど高楊枝、ってな。がはは」
「意味がちがう!」
放って帰るか。そう思った矢先、由利の腹がぐうっと鳴った。
十蔵と清海は茶屋に直行している。
由利は盛大なため息をつき、二人に続いた。
最初のコメントを投稿しよう!