六文銭の十本刀/2

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六文銭の十本刀/2

 翌日。  才蔵から聞き込みを頼まれた由利(ゆり)鎌之助(かまのすけ)は白頭巾で顔を隠し、城下町を足早に歩いていた。同じ命令を受けた相棒はさらに情報を集めるため、まだ旧臣楼周辺にいる。  由利は城下町のいつもと変わらぬ活気に安堵する。だが、人々の視線は気になる。今は白頭巾で顔を隠しているため、苦にはならないが、居心地が悪かった。  と、そこへ――。 「あれぇ? 由利じゃないでやんすか」  声をかけてきたのは鍼師(はりし)であり、医術の心得がある筧十蔵(かけいじゅうぞう)だった。  どうせ目的もなく、適当に城下をうろついているのだろう。  由利は彼を一瞥(いちべつ)した後、足早に歩いた。 「待つでやんすよ~」  背後から軽快な下駄の音を鳴らして、十蔵が追いかけてくる。それでも、由利は無視を決め込んだ。かつて「おやぶ~ん」とつきまとわれていた頃から、彼に関わるとろくなことがない。が、願いむなしく、やつは追いついてきた。 「めずらしいでやんすね。一人で城下をうろついてるなんて」  無視。 「買い物でやんすか?」  無視、無視。 「あっ! 団子でも食べに行くんでやんすか?」 「――お前と一緒にするな!」    つい反応してしまった。 「やぁ~と反応してくれたでやんすね。無視するなんてひどいでやんすよ~」  にやり、十蔵が笑う。くっ、と唸る由利。  由利は相棒と分かれたことを非常に後悔した。  あいつなら、十蔵をあしらうことなど朝飯前だろうに。  さらに、面倒は重なる。 「おーい!」  今度は舌打ちする由利。  大きな数珠を袈裟にかけ、重さ十八貫(約七十キログラム)にもなる鉄棒を背負う筋肉質な巨漢がやってくる。名を三好(みよし)清海(せいかい)入道(にゅうどう)。『入道』と名乗ってはいるが、彼は剃髪(ていはつ)していない僧である。どうやら、二人の姿を見かけて追いかけてきたらしい。 (……また厄介なのが)  人々の注目が集まるのが、目に見えるようだ。案の定、視線が三人に注がれる。 「おお! あっしら、注目の的でやんすね」 「おうよ! 由利と十蔵は目立つからな」 (オレよりも、お前のばかでかい図体のほうが目立つだろうが!)  由利の心を知ってか知らずか十蔵が突っ込む。 「清海のほうが目立ってるでやんすよ」  清海の身長は約七尺(約二メートル)。目立ってあたりまえだ。 「いやぁ、おれってば人気者だなぁ。がはは!」 (こいつのこういう性格はうらやましいが……腹立つな)  盛大に笑う清海に対して由利は思った。  と、十蔵の鼻がなにかを嗅ぎつける。 「いいにおいがしやすね。どこからでやんしょ?」  くんくん、くんくん。  十蔵はにおいがする場所を辿ろうと、鼻を存分に活用する。 (犬か!)  由利は心の中で突っ込んだ。すっかり犬と化した十蔵はどんどん歩を進める。清海はわくわくしながら彼を追いかけ、由利はげんなりとしながらも、放っておくとなにをしでかすかわからない二人の後を追った。 「ここからでやんすね!」  十蔵がと指さした先に、茶屋がある。 (だから、こいつらと一緒にいるのは嫌なんだ)  にぎやかな場所が苦手な由利にとって、さらなる苦痛の始まりである。 「おう! さすがだな!」 「あっしの鼻はおいしいものだったら、なんでも嗅ぎつけやすよ!」 (その鼻、もっと他のところで役に立たせろ!)  おいしいものが食べられるとはしゃぐ二人に対して、由利は毒づいた。 「小腹が空いたところだ。腹越しらえとしようぜ」 「おい! 副頭領に怒られるぞ!」  由利はすかさず制止する。若いながら、しっかり者の幸村よりも、若さま一筋な佐助よりも、口うるさい海野翁(うんのおう)よりも、丁寧かつ雅な才蔵を怒らせるほうが恐ろしかった。 「平気でやんすよ。副頭領にも買ってやればいいんでやんすから。あの人、団子(だんご)饅頭(まんじゅう)に目がないでやんすからね」 「おうよ。それに、おれたちは町を見回ってる。――立派な仕事だ」 「あのな……」 「まあ、いいじゃないでやんすか。よく言うでやんしょ?」 「武士は食わねど高楊枝、ってな。がはは」 「意味がちがう!」  放って帰るか。そう思った矢先、由利の腹がと鳴った。  十蔵と清海は茶屋に直行している。  由利は盛大なため息をつき、二人に続いた。
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