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六文銭の十本刀/3
謁見の間はめずらしく障子が開け放たれていた。部屋をのぞき込む。
「幸村さま。根津、由利。ただいま戻り――」
「ばかもん! 主の許可なく部屋をのぞくやつがあるか!」
言葉を言い切る前に老人の一喝が飛んできた。根津は反射的に耳を塞ぐ。
「……わかったよ。待てばいいんだろ、待てば!」
「かまわない。――入れ」
幸村の許可が出た。
「しかし、源次郎さま!」
「いいから」
少し疲労感を含んだ幸村の声が老人を制止した。
根津と由利が部屋へと入ると、そこには幸村以外にも三人の人間がいた。幸村の斜め左に控える才蔵。根津を一喝した才蔵の隣に座る白髪と浅黒い肌に渋い着物を着こなす老人、海野六郎。その孫で楓の実弟であり、幸村の弟分にして小姓でもある小六が疲れきった表情を浮かべていた。
根津は幸村と向かい合わせに腰を下ろし、懐から包みを差し出す。
「これは?」
「お土産です。お口に合うかどうかわかりませんが……どうぞ」
「おぬし、まさか調査を蔑ろにしたわけではあるまいな!」
海野が横から口を挟んできた。
にしても、彼の態度が普段と比べて、ひときわ厳しく感じるのは気のせいか。
「ちゃんとやってきたよ。これは純粋にお土産。腹が減っては戦はできぬ、ってやつさ。――じじいこそ、今日はいつもに増してかりかりしてるようだが……どうしたんだい?」
「どうもこうもないわ! 島田め! 大殿の恩情を忘れ、源次郎さまに失礼千万な物言いをしおって! なにが『この難攻不落の上田城で死体が上がるなどおぞましきこと。やはり、領主が若いがゆえでしょうな』じゃ! 挙げ句『我らは隠居したというのに、未だに海野どのは隠居なさらないのか。海野どのも、そろそろ引き際をお考えになったほうがよろしいのではないか』じゃと! あの余所者め!」
「海じい! よせ!」
幸村が厳しく海野を制した。
「……も、申し訳ございません」
海野は謝罪し、引き下がる。幸村はため息をつき、弟分に声をかけた。
「小六。海じいを連れて、部屋に戻れ」
「は、はい」
「それと、これを預かっておいてくれ。――後で食べる」
「はい」
小六は土産の包みを受け取る。
「じじさま、行きましょう」
「……うむ。――では。源次郎さま、失礼いたします」
二人は幸村に一礼をして、退室する。
「海野翁、倒れないとよいのですが……」
ずっと黙っていた才蔵が心配そうに呟いた。
心配なのは、幸村も同じだ。まだまだ彼から学ばなければならないことがたくさんある。今、倒れられては困るのだ。
「心配しなくても、大丈夫ですよ。あのじいさん、そう簡単にくたばったりしませんて」
調子よく答える根津を才蔵が静かに、だが鋭く睨みつけた。睨まれた根津は「ゆ~ん、助けてくれ~」と相棒に助けを求めたが、「自分でなんとかしろ」と軽くあしらわれる。
ふいに、
「……くくっ」
幸村が小さく笑った。きょとん、とする三人。
「ゆ、幸村さま……?」
不思議そうな表情を浮かべる才蔵。
「ああ、すまない。お前たち、楽しそうだなと思ってな。はははっ」
幸村の笑い声が張りつめた空気を緩めるが、それは突然と切り出された。
「それで。――どうだった?」
瞬時に表情を引き締める才蔵、根津と由利。
まず、由利が口を開く。
「城下町は普段と変わらない活気でした。不安がる者どころか噂話の類もありません」
「根津。お前のほうは?」
「偶然、旧臣楼の女中に遭遇しましてね。おもしろい話が聞けましたよ」
「話してくれ」
「その女中が言うには、旦那さまを筆頭に旧臣楼内で幸村さまに対する不満をあからさまに洩らし始めたとか。それと同時に西からの客人や浪人が多いと言っていました。懇意の者しか呼ばない方なのに……らしくないと」
「死人が上がったことは?」
「そこまでは」
根津の見たかぎり、女中はなにも知らないように見えたし、たとえ知っていたとしても、内容が内容だ。気軽に口にするとも思えない。
「……ふむ。旧臣楼の内情を少し知れただけでもよしとするか」
ひとまず、そう結論づける幸村。だが充分ではない。まだ情報は必要だ。
幸村が二人に言う。
「――根津、由利。引き続き情報収集を頼む」
「おおせのままに」
若き主君に頭を下げる根津と由利。
「二人とも下がっていいぞ」
根津と由利は再び頭を下げ、部屋から出て行った。
二人が去った後、幸村は才蔵に向き直る。
「……才蔵」
「はい」
「お前は佐助を見張れ。方法は任せる」
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